・・・そうして拵えると竹が熟した時に養いが十分でないから軽い竹になるのです。」「それはお前俺も知っているが、うきすの竹はそれだから萎びたようになって面白くない顔つきをしているじゃないか。これはそうじゃない。どういうことをして出来たのだろう、自・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・何と言ってもお新のような娘を今日まで養い育てて来たことは、おげんが一生の仕事だった。話して見て、おげんは余分にその心持を引出された。 蜂谷は山家の人にしてもめずらしいほど長く延ばした鬚を、自分の懐中に仕舞うようにして、やがておげんの側を・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・も悪く、風通しも悪く、午後の四時というと階下にある冬の障子はもう薄暗くなって、夏はまた二階に照りつける西日も耐えがたいこんな谷の中の借家にくすぶっているよりか、自分の好きな家でも建て、静かに病後の身を養いたいと考えるような、そういう年ごろに・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・世の多くの飼い主は、みずから恐ろしき猛獣を養い、これに日々わずかの残飯を与えているという理由だけにて、まったくこの猛獣に心をゆるし、エスやエスやなど、気楽に呼んで、さながら家族の一員のごとく身辺に近づかしめ、三歳のわが愛子をして、その猛獣の・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・平たく言えば、われわれ人間はこうした災難に養いはぐくまれて育って来たものであって、ちょうど野菜や鳥獣魚肉を食って育って来たと同じように災難を食って生き残って来た種族であって、野菜や肉類が無くなれば死滅しなければならないように、災難が無くなっ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・その読本にあったことで今でも覚えているのは、あひるの卵をかえした牝鶏が、その養い子のひよっこの「水におぼれんことを恐れて」鳴き立てる話と、他郷に流寓して故郷に帰って見ると家がすっかり焼けて灰ばかりになっていた話ぐらいなものである。そうしてこ・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・十七、八年の間かじりつづけ、呑み込みつづけて来た知識のどれだけのプロセントが自分の身の養いになっているかと考えてみても、これはちょっと容易には分かりかねる六かしい問題である。しかし、ともかくも、学校で教わったことの少なくも何十プロセントは綺・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・実験を授ける効果はただ若干の事実をよく理解し記憶させるというだけではなく、これによって生徒の自発的研究心を喚起し、観察力を練り、また困難に遭遇してもひるまずこれに打勝つ忍耐の習慣も養い、困難に打勝った時の愉快をも味わわしめる事が出来る。その・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・ 深谷は修学旅行に、安岡は故郷に病を養いに帰った。 安岡は故郷のあらゆる医師の立ち会い診断でも病名が判然しなかった。臨終の枕頭の親友に彼は言った。「僕の病源は僕だけが知っている」 こう言って、切れ切れな言葉で彼は屍を食うのを・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・是れより以上醜行の稍や念入にして陰気なるは、召使又は側室など称し、自家の内に妾を飼うて厚かましくも妻と雑居せしむるか、又は別宅を設けて之を養い一夫数妾得々自から居る者あり。正しく五母鶏、二母じぼていの実を演ずるものにして、之を評して獣行と言・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫