・・・蓋し廃藩以来、士民が適として帰するところを失い、或はこれがためその品行を破て自暴自棄の境界にも陥るべきところへ、いやしくも肉体以上の心を養い、不覊独立の景影だにも論ずべき場所として学校の設あれば、その状、恰も暗黒の夜に一点の星を見るがごとく・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・これを生み、これを養い、これを教えて一人前の男女となし、二代目の世において世間有用の人物たるべき用意をなし、老少交代してこそ、始めて人の父母たるの名義に恥ずることなきを得べきなり。 故に子を教うるがためには労を憚るべからず、財を愛しむべ・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・こいねがわくは吾が党の士、千里笈を担うてここに集り、才を育し智を養い、進退必ず礼を守り、交際必ず誼を重じ、もって他日世になす者あらば、また国家のために小補なきにあらず。かつまた、後来この挙に傚い、ますますその結構を大にし、ますますその会社を・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・すなわち人生奇異を好むの性情にして、たとい少年を徳学に養い理学に育して、あたかもこれを筐中に秘蔵するが如くせんとするも、天下、人を蔵るの筐なし、一旦の機に逢うてたちまち破裂すべきをいかんせん。而してその破裂の勢は、これを蔵むるのいよいよ堅固・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・見えない半面で軍国主義日本の基盤を養いつつ……。 尾崎紅葉の「金色夜叉」は、貫一という当時の一高生が、ダイアモンドにつられて彼の愛をすてた恋人お宮を、熱海の海岸で蹴倒す場面を一つのクライマックスとしている。明治も中葉となれば、その官僚主・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・――わたしたちは、自分たちのこの高税で彼らを養い、政府をつくらせているのであるから。〔一九四九年六月〕 宮本百合子 「「委員会」のうつりかわり」
・・・法律は政府がこしらえるもの、その政府はなお大きい力におされているもの、悲しくもあきらめて徳川時代の農民のように、その人々を養い利潤させる年貢ばかりをさし出して、茫然とことのなりゆきを見ているしか、わたしたちにすることはないわけだろうか。・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 実際のかくさない処がねえ、 薬代、お礼、養いになるものは食べざあなるまいし。 そうじゃあないかい。 お父っさんと、恭二の働きが、皆お前に吸われて仕舞う。 病気で居るのに何もわざわざこんな事を聞かせたくはないけれ共、一つ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・人格のある、勤労をこのむ市民に養い育てるのが当院の目的であると。この答えに対して、少年らの胸中には、おのずから別な訴えと自棄とが活きて、羽ばたいて、彼らを、脱走へそそり立てるのではないだろうか。それなら、この社会では、誰でもみんな勤労してい・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・白馬の連嶺は謙信の胸に雄荘を養い八つが岳、富士の霊容は信玄の胸に深厳を悟らす。この武士道の美しい花は物質を越えて輝く。しかれども豪壮を酒飲と乱舞に衒い正義を偏狭と腕力との間に生むに至っては吾人はこれを呪う。 吾人はこの例を一高校風に適用・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫