・・・どこへ出るにも馬丁をつけてやることにしていたんだ。夜分なども、碌々眠らないくらいにして、秋山大尉の様子に目を配っておった。「これがあるから監視するんだな。可しこんなものを焼捨てて了おう。」というんで、秋山大尉がその手紙を奥さんの目の前で・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・馭者が二人、馬丁が二人、袖口と襟とを赤地にした揃いの白服に、赤い総のついた陣笠のようなものを冠っていた姿は、その頃東京では欧米の公使が威風堂々と堀端を乗り歩く馬車と同じようなので、わたくしの一家は俄にえらいものになったような心持がした。・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・それから人力俥夫になり、馬丁になり、しまいにルンペンにまで零落した。浅草公園の隅のベンチが、老いて零落した彼にとっての、平和な楽しい休息所だった。或る麗らかな天気の日に、秋の高い青空を眺めながら、遠い昔の夢を思い出した。その夢の記憶の中で、・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・「いのししむしゃのかぶとむしつきのあかりもつめくさのともすあかりも眼に入らずめくらめっぽに飛んで来て山猫馬丁につきあたりあわててひょろひょろ落ちるをやっとふみとまりいそいでかぶとをしめなおし月のあかり・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・そして笑いながら、「何しろ馬、馬丁と猟犬を何匹も飼っているような学生がいたんだから、こっちは人並のつき合いも出来かねるようだったよ。教授から個人指導をうけるわけだが、そんな金もありゃしなかったしね」と語った。楡の木のかげの公園で、町の若者た・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・不足な賃銀を握った馬丁のように荒々しく安次を曳いて、「勘次、勘次。」と呼びながら這入って来た。勘次は黙って出迎えた。「これ勘公、逃げさらすなよ。」「遠いところを済まんのう、何んべんも。」 秋三は急に静な微笑を浮べた勘次のその・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫