・・・谷中の台地から田端の谷へ面した傾斜地の中腹に沿う彎曲した小路をはいって行って左側に、小さな荒物屋だか、駄菓子屋だかがあって、そこの二階が当時の氏の仮寓になっていた。 店の向かって右の狭苦しい入口からすぐに二階へ上がるのであったかと思う。・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・赤に煎餅を食わせて居る太十の姿がよく村の駄菓子店に見えた。焼けの透らぬ堅い煎餅は犬には一度に二枚を噛ることは出来ない。顎が草臥れて畢うのである。唯欲し相にして然かも鼻をひくひくと動かす犬を見て太十は独で笑うのである。赤は恐ろしい人なつこい犬・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・小供が駄菓子を買いに出る。途中で犬に吠えられる。ワーと泣いて帰る。御母さんがいっしょになってワーと泣かぬ以上は、傍人が泣かんでも出来損いの御母さんとは云われぬ。御母さんは駄菓子を犬に取られるたびに泣き得るような平面に立って社会に生息していら・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・○苗代茱萸を食いし事 同じ信州の旅行の時に道傍の家に苗代茱萸が真赤になっておるのを見て、余はほしくて堪らなくなった。駄菓子屋などを覗いて見ても茱萸を売っている処はない。道で遊でいる小さな児が茱萸を食いながら余の方を不思議そうに見ておるな・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・あちこちで祝出征の旗が見えるようになってその横丁でも子供対手の駄菓子屋の軒に、いかにも三文菓子屋らしい祝意のあらわしかたで紙でこしらえた子供の万国旗がはりまわされた。そこからも出る人があるのだ。ふだんは工場へでも通っていた若い人であるのだろ・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・「一包の駄菓子」、窪川鶴次郎氏「一メンバー」、橋本英吉氏「炭坑」、中條百合子「乳房」、立野信之氏の長篇「流れ」等が現れた。 当時の事情はこの一方諷刺文学、諷刺詩の欲求を生み、中野重治、壺井繁治、世田三郎、窪川鶴次郎その他諸氏によっていく・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 桑の芽は膨らみ麦は延びて、耕地は追々活気づいて来たけれども、もう耕す畑も海老屋の所有にされてしまったお石は、毎日古着や駄菓子を背負っては、近所の部落へ行商に出かけた。 禰宜様宮田は、あんな不意なことで死んでしまうし、家の畑は、とう・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・御承知の通り大変に困難な日常生活をして、駄菓子屋までやるような生活をしていましたから、歌のお師匠さんの所へ出入りしても半分事務のようなことを手伝って教えて貰っています。そこで貴族的な女の人たちと一緒に歌の会があるときには、一葉は何時も腹の立・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・東端もここいらは上の部だ。駄菓子屋がペニー菓子を売っている。極く安物の雑貨屋が木綿靴下やピンやセルフリッジの絵葉書部にあるのとは種属の違う二ペンスエハガキを並べた。たとえばこんなエハガキだ。 街角。赤襟巻の夕刊売子がカラーなしの鳥打帽を・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫