・・・フランスの一応恋愛を尊重するかのように見える習慣、婦人に対してつくす男の騎士道などというものを疑わず、その上に安住して、流麗な、傍観的態度でどっちかといえば甘い、客間で婦人たちに音読してきかせるにふさわしいような文章の作品を書いて行く。・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・ 自分より幾倍かの容積と重量の母を外出の時はきっと保護し迫害者を追いしりぞかすべき騎士の役をつとめるのでした。 彼は自分の母親の普通に立ちまさった外形と頭脳を持って居る事を確信し、自分に対しては何処までも誠実であり純であると云う事も・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・何故なら大戦の経験後、今日の、ブルジョア・ヨーロッパの文化は、女に対する男の騎士道の礼儀を単に一つの、それが単なるしきたりであると男女相互の間に十分理解されつくしているところのしきたりとしての形骸をとどめているに過ぎないのであるから。ヨーロ・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・を読んだ人は、その昔騎士道が栄え優雅な感情を誇ったと云われているフランスでも、「女の一生」はあんまり日本の無数の女の一生と同じなのに驚くだろう。トルストイは「結婚の幸福」その他で結婚生活の無目的性と生物的な本質を、きびしい自分への批評をこめ・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ 私はお疲れで会えないと申しましたらば、 悪智恵にたけた使者は、あの偉大な法王が修業のたらぬ騎士の様な事を仰せらるるはずはござらぬ。傍の者の愚な、計らいからじゃ。 と申します。 貴方様の御心にそむく事が有って・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ きょうはあなたの護衛の騎士になってあげるわよ」「ありがとう。でもきょうはいいわ、五時に日比谷で原に会うの」「ハハア」桃子は抑揚をつけてそう云いながら大きく顎をひいて芝居がかりの合点をすると、手にもっていたベレーを振って、シラノ・ド・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・ドン・キホーテが、彼の大切な騎士物語の本たちを焼かれたとき、ドン・キホーテは何と歌ってサンチョを慰めてやったろう。「サンチョよ、泣くな、私の本は失われても、私の生活の物語は失われることはないだろう。」 現代の歴史では、ドン・キホーテが単・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・「レオニード・グレゴリウィッチ、どうか貴方、可哀そうなマリーナ・イワーノヴナの忠実な騎士になって上げて下さい、ね、お拒みなさりはしませんわね」 ジェルテルスキーは、黒い洋袴を穿いた脚を組みながら、丁寧に碧い眼を見開いて対手を見守った・・・ 宮本百合子 「街」
・・・貧、富、男、女、層々とした世紀の頁の上で、その前奏に於て号々し、その急速に於て驀激し、その伴奏に於てなお且つ奔闘し続ける、黙示の四騎士はこれである。もしも黙示の彼らが、かかる現前の諸相であると仮定したなら、彼らの中の勝者はいずれであるか。曾・・・ 横光利一 「黙示のページ」
・・・いわば正義の騎士に商売換えをしたメフィストである。従ってこのメフィストはファウストを持っていないのである。そうしてまた、ショオ自身の内にも、ファウストは全然いないらしい。彼は善の塊のように、自己を築きおわった人のように、安固として動かない。・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫