・・・ 今の風潮は、天下の学生を駆りてこれを政治に入らしむるものなるを、世の論者は、往々その原因を求めずして、ただ現在の事相に驚き、今の少年は不遜なり軽躁なり、漫に政治を談じて身の程を知らざる者なりとて、これを咎る者あれども、かりにその所言に・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ヴァイオリンは腰に下げ、弓を手に持ちいる。驚きてたじたじと下る主人を、死は徐まあ、何という気味の悪い事だろう。お前の絃の音はあれほど優しゅう聞えたのに、お前の姿を見ると、体中が縮み上るような心持がするのはどうしたものだ。それに何だか咽が締る・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・むとおもひなりぬ、ちひさき板屋の浅ましげにてかこひもしめたらぬに、そこかしこはらひもせぬにや塵ひぢ山をなせり、柴の門もなくおぼつかなくも家にいりぬ、師質心せきたるさまして参議君の御成ぞと大声にいへるに驚きて、うちよりししじもの膝折ふせながら・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 兎のおとうさんは函を受けとって蓋をひらいて驚きました。 珠は一昨日の晩よりも、もっともっと赤く、もっともっと速く燃えているのです。 みんなはうっとりみとれてしまいました。兎のおとうさんはだまって玉をホモイに渡してご飯を食べはじ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・レーニンの言葉を引用して、歴史の事実をゆがめ、労働者階級の任務を歪曲した議論がまとめられていることに、多くの人が驚きました。 知識欲のさかんな若い人々、レーニンが云っているように向上心にもえ、階級の武器として、あらゆる知識をもちたいと思・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・この場に詰めていた侍どもも、不意の出来事に驚きあきれて、茫然として見ていたが、権兵衛が何事もないように、自若として五六歩退いたとき、一人の侍がようよう我に返って、「阿部殿、お待ちなされい」と呼びかけながら、追いすがって押し止めた。続いて二三・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・「その驚きは道理でおじゃる。おれも最初はそうとも知らず『何やらん草中に呻いておる者のあるは熊に噛まれた鹿じゃろうか』と行いて見たら、おどろいたわ、それがかの二方でおじゃッたわ」 母ははやその跡を聞いていられなくなッた。今まではしばら・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・その瞬間の栖方の動作は、たしかに何かに驚きを感じたらしかったが、そっとそのまま梶は栖方をそこに沈めて置きたかった。「あの扇風機の中心は零でしょう。中の羽根は廻っていて見えませんが、ちょっと眼を脱して見た瞬間だけ、ちらりと見えますね。あの・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ フィンクは驚き呆れた風で、間を悪げに黙った。そして暗い所を透かして見たが、なんにも見えなかった。空気はむっとするようで、濃くなっているような心持がする。誰がなんの夢を見るのか、われ知らずうめく声が聞える。外では鐸の音がの鳴くように聞え・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・ 紅蓮の群落はちょっと息の詰まるような印象を与えたが、そこを出て、少し離れたところにある次の群落へはいったときには、われわれはまた新しい驚きを感じた。今度は白蓮の群落であったが、その白蓮は文字通り純白の蓮の花で、紅の色は全然かかっていな・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫