・・・ アブラハム、朝つとに起きて、その驢馬に鞍を置き、愛するひとりごイサクを乗せ、神のおのれに示したまへる山の麓にいたり、イサクを驢馬よりおろし、すなはち燔祭の柴薪をイサクに背負はせ、われはその手に火と刀を執りて、二人ともに山をのぼれり。・・・ 太宰治 「父」
・・・糧餉を満載した車五輛、支那苦力の爺連も圏をなして何ごとをかしゃべり立てている。驢馬の長い耳に日がさして、おりおりけたたましい啼き声が耳を劈く。楊樹の彼方に白い壁の支那民家が五、六軒続いて、庭の中に槐の樹が高く見える。井戸がある。納屋がある。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・まず一匹の驢馬が出現する。熱帯の白日に照らされた道路のはるか向こうから兵隊のラッパと太鼓が聞こえて来る。アラビア人の馬方が道のまん中に突っ立った驢馬をひき寄せようとするがなかなかいこじに言うことを聞かない。馬方はとうとう自分ですべって引っく・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・角の長い牛に材木車を引かせて来るのもあれば、驢馬に炭俵を積んで来るのもありました。みかんの木もあれば竹もあります。目と髪の黒い女が水たまりのまわりに集まってせんたくをしているそばには鶏が群れ遊び、豚が路傍で鳴いています。バチカンも一部見まし・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ところどころにあるステーションだけにはさすがに樹木の緑があって木陰には牛や驢馬があまり熱帯らしくない顔をして遊んでいた。岸べに天幕があって駱駝が二三匹いたり、アフリカ式の村落に野羊がはねていたりした。みぎわには蘆のようなものがはえている所も・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・そのほかに驢馬の耳の形をしたラッパを使った人もあるが、どれだけ有効であるかよくわからない。しかしこの雑音は送音管部のみならず盤や針や振動膜やすべての部分の研究改良によって除去し得ないほどの困難とは思われない。早晩そういう改良が外国のどこかで・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・野獣の皮を被った羊や驢馬は頼みにならないのである。 こう云ったからといって私は二科会や美術院の解散をすすめるというような大それた考えを持ち出す訳でも何でもない。ただ、学芸にたずさわる団体は時々何かしらかなり根本的な革新を企てて風通しをよ・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・同じ注に、欧州大戦のときフランスに出征中のアメリカ軍では驢馬のいななくのを防ぐために「ある簡単なる外科手術を施行した」とある。やはり西洋人は残酷である。 昨夜これを読んだけさ「南北新話」をあけて見ると夜の明けやすい白無垢は損・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・だんだん近づくのを見ると、行列の真先には牛や馬や驢馬や豚や鶏が来る。その後から人間の群がついて来る。四角な板に大きな文字で何かしら書いたのを旗のように押し立てている人もある。大きなボール紙のメガフォーンを脇の下にぶら下げているものもある。・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・ この人は、どこか河獺に似ていました。赤ひげがぴんとはねて、歯はみんな銀の入歯でした。署長さんは立派な金モールのついた、長い赤いマントを着て、毎日ていねいに町をみまわりました。 驢馬が頭を下げてると荷物があんまり重過ぎないかと驢馬追・・・ 宮沢賢治 「毒もみのすきな署長さん」
出典:青空文庫