・・・のみならずこの不安は一日ましにだんだん高まるばかりなのです。 主筆 達雄はどう云う男なのですか? 保吉 達雄は音楽の天才です。ロオランの書いたジャン・クリストフとワッセルマンの書いたダニエル・ノオトハフトとを一丸にしたような天才です・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・咳が出る、食欲が進まない、熱が高まると言う始末である、しのは力の及ぶ限り、医者にも見せたり、買い薬もしたり、いろいろ養生に手を尽した。しかし少しも効験は見えない。のみならず次第に衰弱する。その上この頃は不如意のため、思うように療治をさせるこ・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・すると風音の高まるが早いか、左から雪がしまいて参りました。わたくしは咄嗟に半開きの傘を斜めに左へ廻しました。数馬はその途端に斬りこみましたゆえ、わたくしへは手傷も負わせずに傘ばかり斬ったのでございまする。」「声もかけずに斬って参ったか?・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・わたしはそう云う武器を見ながら、幾多の戦いを想像し、おのずから心悸の高まることがある、しかしまだ幸か不幸か、わたし自身その武器の一つを執りたいと思った記憶はない。 尊王 十七世紀の仏蘭西の話である。或日 Duc de B・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・僕は動悸の高まるのを感じ、何度も道ばたに立ち止まろうとした。けれども誰かに押されるように立ち止まることさえ容易ではなかった。…… 三十分ばかりたった後、僕は僕の二階に仰向けになり、じっと目をつぶったまま、烈しい頭痛をこらえていた。すると・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・新蔵はお敏の名前を聞くと、急にまた動悸が高まるような気がしましたから、「失敗したんじゃないかって? 君は一体お敏に何をやらせようとしたんだ。」と、詰問するごとく尋ねました。けれども泰さんはその問には答えないで、「もっともこうなるのも僕の罪か・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・波が高まると妹の姿が見えなくなったその時の事を思うと、今でも私の胸は動悸がして、空恐ろしい気持ちになります。 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・第四階級の自覚が高まるに従ってこの傾向はますます増大するだろう。今の所ではまだまだ供給が需要に充たない恨みがある。しかしながら同時に一面には労働運動を純粋に労働者の生活と感情とに基づく純一なものにしようとする気勢が揚りつつあるのもまた疑うべ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・こうして新しい領分が開けたわけですから、その開けた直後は高まるというよりも寧ろ広まる時代、拡張の時代です。それが十八世紀の数学であります。十九世紀に移るあたりに、矢張りかかる階段があります。すなわち、この時も急激に変った時代です。一人の代表・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・恋愛に憐憫の情がまじると、その感情はいっそうひろがり高まるものらしい。「いや、そんなことはない。君の方が美しい。顔の美しさは心の美しさだ。心の美しいひとは必ず美人だ。女の美容術の第一課は、心のたんれんだ。僕はそう思うよ。」「でも、私・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
出典:青空文庫