・・・ そして、列車は轟然たる車輪の響きを高めつゝ橋にさしかゝった。速力は加わったようだった。線路はどこまでも二本が平行して完全だった。ところが、中ほどへ行くと不意にドカンとして機関車は脚を踏みはずした挽馬のように、鉄橋から奔放にはね出してし・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・私が夜おそく通りがかりの交番に呼びとめられ、いろいろうるさく聞かれるから、すこし高めの声で、自分は、自分は、何々であります、というあの軍隊式の言葉で答えたら、態度がいいとほめられた。 作家は、いよいよ窮屈である。何せ、眼光紙背に徹する読・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・俳優も、一流の名優が競って参加し、外国の古典やら、また、日本の無名作家の戯曲をも、大胆に採用して、毎月一回一週間ずつの公演を行い、日本の文化を、たしかに高めた。元老、鶴屋北水の推薦と、三木朝太郎の奔走のおかげで、さちよは、いきなり大役をふら・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・一方ではまた、審査する方が濫造の世評を顧慮して審査の標準を高め、上記の比率を低下させるようにするかも知れない。しかし比率を半分に切り下げても、研究の数が四倍になれば、博士及第者の数は二倍になるのは明白な勘定であろう。 こういう風に考えて・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・あるいはそこまでに学者の腕前に対する信用が高められないためかもしれない。そうだとすればその責任がどっちにどれだけあるか、それもよく分からない。しかし、いずれの場合にしても、例えばある会社の研究員が、その会社の商品の欠点を仔細に研究して、その・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・分の知る郷里の山々は山の形がわりに単調でありその排列のしかたにも変化が乏しいように思われるが、ここから見た山々の形態とその排置とには異常に多様複雑な変化があって、それがここの景観の節奏と色彩とを著しく高め深めているように思われた。 まわ・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・頭に冠った鳥冠の額に、前立のように着けた鳥の頭部のようなものも不思議な感じを高めた。私はこの面の顔の表情に、どこか西洋画で見るパンの神のそれに共通なものがあるような気がしてならなかった。 三番目は「蘇莫者」というのである。何と読むのか、・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・が一層高められたようである。そのおかげで、それまではこの世における颱風の存在などは忘れていたらしく見える政治界経済界の有力な方々が急に颱風並びにそれに聯関した現象による災害の防止法を科学的に研究しなければならないということを主唱するようにな・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・れば、やはり一時の姑息にて、よき学校を撰びてこれに入るるよりほかに名案もなかるべしといえども、いずれにも今少しく父母の心身を労し、今少しく家庭の教育を貴きものと思うてこれに注意し、教育なるものの地位を高めて、人事の最大箇条中にあらしめんと欲・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・上陸した嬉しさと歩行く事も出来ぬ悲しさとで今まで煩悶して居た頭脳は、祭礼の中を釣台で通るというコントラストに逢うてまた一層煩悶の度を高めた。丁度灯ともし頃神戸病院へ著いた。入院の手続は連の人が既にしてくれたので直に二階のある一室へ這入った。・・・ 正岡子規 「病」
出典:青空文庫