・・・ 彼は浮かない顔をしながら、どんよりと曇った高台の景色を硝子戸越しに眺めていた。「僕は近々上海の通信員になるかも知れない。」 彼の言葉は咄嗟の間にいつか僕の忘れていた彼の職業を思い出させた。僕はいつも彼のことをただ芸術的な気質を・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・ ぼくの家は町からずっとはなれた高台にある官舎町にあったから、ぼくが「火事だよう」といって歩いた家はみんな知った人の家だった。あとをふりかえって見ると、二人三人黒い人影がぼくの家の方に走って行くのが見える。ぼくはそれがうれしくって、なお・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ 高台の職人の屈竟なのが、二人ずれ、翌日、水の引際を、炎天の下に、大川添を見物して、流の末一里有余、海へ出て、暑さに泳いだ豪傑がある。 荒海の磯端で、肩を合わせて一息した時、息苦しいほど蒸暑いのに、颯と風の通る音がして、思わず脊・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・――何と私等が高台の町では、時ならぬ水切がしていようという場合ではないか。土の底まで焼抜けるぞ。小児たちが無事に家へ帰るのは十人に一人もむずかしい。 思案に余った、源助。気が気でないのは、時が後れて驚破と言ったら、赤い実を吸え、と言った・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 導かるるまま、折戸を入ると、そんなに広いと言うではないが、谷間の一軒家と言った形で、三方が高台の森、林に包まれた、ゆっくりした荒れた庭で、むこうに座敷の、縁が涼しく、油蝉の中に閑寂に見えた。私はちょっと其処へ掛けて、会釈で済ますつもり・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・この辺一体に高台は皆山林でその間の柵が畑になって居る。越石を持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり掛って割に合わないといつも母が言ってる畑だ。 三方林で囲まれ、南が開いて余所の畑とつづいている。北が高く南が低い傾斜になっている・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・る店があったり、簔虫の巣でつくった銭入れを売る店があったり、赤い硝子の軒灯に家号を入れた料理仕出屋があったり、間口の広い油屋があったり、赤い暖簾の隙間から、裸の人が見える銭湯があったり、ちょうど大阪の高台の町である上町と、船場島ノ内である下・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・』『自然こそいい迷惑だ、』と自分は笑った。高台に出ると四辺がにわかに開けて林の上を隠見に国境の連山が微かに見える。『山!』と自分は思わず叫んだ。『どこに、どこに、』と小山はあわただしく問うた。自分の指さす方へ、近眼鏡を向けて目を・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・それも外見には一面の平原のようで、むしろ高台のところどころが低く窪んで小さな浅い谷をなしているといったほうが適当であろう。この谷の底はたいがい水田である。畑はおもに高台にある、高台は林と畑とでさまざまの区劃をなしている。畑はすなわち野である・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・登りつむればここは高台の見晴らし広く大空澄み渡る日は遠方の山影鮮やかに、国境を限る山脈林の上を走りて見えつ隠れつす、冬の朝、霜寒きころ、銀の鎖の末は幽なる空に消えゆく雪の峰など、みな青年が心を夢心地に誘いかれが身うちの血わくが常なれど、今日・・・ 国木田独歩 「わかれ」
出典:青空文庫