・・・第二義から第一義に行って霊も肉も無い……文学が高尚でも何でも無くなる境涯に入れば偖てどうなるかと云うに、それは私だけにゃ大概の見当は付いているようにも思われるが、ま、ま、殆ど想像が出来んと云って可いな。――ただ何だか遠方の地平線に薄ぼんやり・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・それはやや高尚な感情で、自分の若かった昔の記念である。あの頃の事を思ってみれば、感情生活の本源まで溯って行く道がどんなにか平坦であっただろう。その恋しい昔の活きた証人ほど慕わしいものが世にあろうか。まだ人生と恋愛とが未来であった十七歳の青年・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・此画を見た時に余は一種の物凄い感じを起したと同時に、神聖なる高尚なる感じを起こした。王の有様は少しも苦しそうに見えぬ。若し余も死なねばならぬならば、斯ういう工合にしたら窮屈で無くすむであろうと思うた事がある。併し幾ら斯んなにして見た所が棺の・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ペネタ形というのは、蛙どもでは大へん高尚なものになっています。平たいことなのです。雲の峰はだんだん崩れてあたりはよほどうすくらくなりました。「この頃、ヘロンの方ではゴム靴がはやるね。」ヘロンというのは蛙語です。人間ということです。「・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・「なるほどそれに狩猟だなんて、ずいぶん高尚な学科もおやりですな。私の方ではまあ高等専門学校や大学の林科にそれがあるだけです。」「ははん、なるほど。けれどもあなたの方の狩猟と、私の方の狩猟とは、内容はまるでちがっていますからな、ははん・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ 美を少しも愛さぬと同時に、それについて何の意見も持たない人は、世の中の非常に高尚な一面を、一生見ずに過す事になる。 私の意見では、自分の部屋はあくまで自分の箇性の表われた美くしさで充分飾られて居なければならない。 其故に私は、・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・竹田氏は、その対策として「家庭などがもっと高尚な趣味の方に導くようにしてやって欲しい」と親切に忠告しておられたのであるが、その息子や娘が婚期をおくらさざるを得ないような経済状態にある今日の大多数の家庭で実際上どんなより高尚な趣味を養ってやり・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・あれを一層高尚にすれば、政治が大芸術になるねえ。君なんぞの理想と一致するだろうと思うが、どうかねえ。」 木村は馬鹿々々しいと思って、一寸顔を蹙めたくなったのをこらえている。 そのうち停留場に来た。場末の常で、朝出て晩に帰れば、丁度満・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 社会問題にいくら高尚な理論があっても、いくら緻密な研究があっても、己は己の意志で遣る。職工にどれだけのものを与えるかは、己の意志でその度合が極まるのである。東京化学製造所長になって、二十五年の間に、初め基礎の危かった工場を、兎に角今の・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・美人といえばそれまでですが、僕はあんな高尚な、天人のような美人は見た事がないんです。先下々の者が御挨拶を申上ると、一々しとやかにお請をなさる、その柔和でどこか悲しそうな眼付は夏の夜の星とでもいいそうで、心持俯向いていらっしゃるお顔の品の好さ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫