・・・その高慢と欲との鬩ぎあうのに苦しめられた彼は、今に見ろ、己が鼻を明かしてやるから――と云う気で、何気ない体を装いながら、油断なく、斉広の煙管へ眼をつけていた。 すると、ある日、彼は、斉広が、以前のような金無垢の煙管で悠々と煙草をくゆらし・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・即安助高慢の科に依って、「じゃぼ」とて天狗と成りたるものなり。 破していわく、汝提宇子、この段を説く事、ひとえに自縄自縛なり、まず DS はいつくにも充ち満ちて在ますと云うは、真如法性本分の天地に充塞し、六合に遍満したる理を、聞きはつり・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・私はこの心持ちを謙遜な心持ちだとも高慢な心持ちだとも思っていない。私にはどうしてもそうあらねばならぬ当然な心持ちにすぎないと思っている。 すでにいいかげん閑文字を羅列したことを恥じる。私は当分この問題に関しては物をいうまいと思っている。・・・ 有島武郎 「想片」
・・・暖かそうな小屋に近づけば、其処に飼われて居る犬が、これも同じように饑渇に困められては居ながら、その家の飼犬だというので高慢らしく追い払う。饑渇に迫られ、犬仲間との交を恋しく思って、時々町に出ると、子供達が石を投げつける。大人も口笛を吹いたり・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・と、機械があって人形の腹の中で聞えるような、顔には似ない高慢さ。 女房は打笑みつつ、向直って顔を見た。「ほほほ、いうことだけ聞いていると、三ちゃんは、大層強そうだけれど、その実意気地なしッたらないんだもの、何よ、あれは?」「あれ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・苦心談、立志談は、往々にして、その反対の意味の、自己吹聴と、陰性の自讃、卑下高慢になるのに気附いたのである。談中――主なるものは、茸で、渠が番組の茸を遁げて、比羅の、蛸のとあのくたらを説いたのでも、ほぼ不断の態度が知れよう。 但し、以下・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・此奴が取澄ましていかにも高慢で、且つ翁寂びる。争われぬのは、お祖父さんの御典医から、父典養に相伝して、脈を取って、ト小指を刎ねた時の容体と少しも変らぬ。 杢若が、さとと云うのは、山、村里のその里の意味でない。註をすれば里よりは山の義で、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ている、志村は色の白い柔和な、女にして見たいような少年、自分は美少年ではあったが、乱暴な傲慢な、喧嘩好きの少年、おまけに何時も級の一番を占めていて、試験の時は必らず最優等の成績を得る処から教員は自分の高慢が癪に触り、生徒は自分の圧制が癪に触・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ まだあの高慢狂気が治らない。梅子さんこそ可い面の皮だ、フン人を馬鹿にしておる」と薄暗い田甫道を辿りながら呟やいたが胸の中は余り穏でなかった。 五六日経つと大津定二郎は黒田の娘と結婚の約が成ったという噂が立った。これを聞いた者の多くは首・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・第二に、案外片意地で高慢なところがあって、些細な事に腹を立てすぐ衝突して職業から離れてしまう。第三に、妙に遠慮深いところがあること。 なるほどそう聞かされると翁の知人どものいわゆる『理由』は多少の『理由』を成している。 けれど大なる・・・ 国木田独歩 「二老人」
出典:青空文庫