・・・蓋し、この愛の高潮でなければならないと信じます。 共産制度の世界に到達して、生産の豊富から、物資の潤沢をのみ夢むような輩は、尚お、心にブルジョアの、安逸と怠惰の念が抜けきらないからです。私達、真の無産者は、喜びを共にし、苦しみを共にし、・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・潮の落ちた時は沼とも思わるる入り江が高潮と月の光とでまるで様子が変わり、僕にはいつも見慣れた泥臭い入り江のような気がしなかった。南は山影暗くさかしまに映り、北と東の平野は月光蒼茫としていずれか陸、いずれか水のけじめさえつかず、小舟は西のほう・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・喜怒愛憎の高潮に伴なう涙は理知や道徳などとは関係の薄い情緒的のものであるが、哀別離苦の焦心の涙にはよほど本能的なものがあって、純粋な肉体の苦痛によるものとかなりまで相通ずるものがありそうに思われる。 いずれにしても、笑う前と泣く前とでは・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ひいきということがあって始めて相撲見物の興味が高潮するものだということをこの時に始めて悟ったのであった。夜熊本の町を散歩して旅館研屋支店の前を通ったとき、ふと玄関をのぞき込むと、帳場の前に国見山が立っていて何かしら番頭と話をしていた。そのと・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・ 今度の大阪や高知県東部の災害は台風による高潮のためにその惨禍を倍加したようである。まだ充分な調査資料を手にしないから確実なことは言われないが、最もひどい損害を受けたおもな区域はおそらくやはり明治以後になってから急激に発展した新市街地で・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ とにかく、その突然の変化の起こったのは浜口内閣の緊縮政策の高潮に達したころであったので、この政策と切符の紙質の変化とになんらかの連関がありはしないかと考えてみたことがあった。 事実はとにかく、このような連関は鉄道省とそれを統率する・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・ お絹の説明によると、おひろは踊りもひとしきり高潮に達した時期があって、お絹自身が目を聳てたくらいだったが、やっぱりいろいろな苦労があって、芸事ばかりにも没頭していられなかった。「今の人はほんとに、ちょろつかなもんや。私に限らず、家・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・それは、どうしてプロレタリア文学運動の中では、一例をあげれば職場でのストライキが高潮に達した時にあぶなっかしい幹部として監視をつけられたというような話のある人や、左翼の政治的活動から自発的に後退の形をとってきたような人が、組合にいたとか、組・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
・・・日露戦争がしだいに高潮して来ていたのである。疏水の両側の角刈にされた枳殻の厚い垣には、黄色な実が成ってその実をもぎ取る手に棘が刺さった。枳殻のまばらな裾から帆をあげた舟の出入する運河の河口が見えたりした。そしてその方向から朝日が昇って来ては・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・閹人たちは踊りが高潮に達した時に小刀をもって腕や腿を傷つける。そうして血みどろになって猛烈に踊り続ける。それを見まもる者はその血の歓びを神の恩寵として感じている。その彼らはまた処女の神聖を神にささげると称して神殿を婚姻の床に代用する。性欲の・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫