・・・そうしてそれが、やがて大隅君のあの鬱然たる風格の要因にさえなった様子であったが、思いやりの深い山田勇吉君は、或る時、見かねて、松葉を束にしてそれでもって禿げた部分をつついて刺戟すると毛髪が再生して来るそうです、と真顔で進言して、かえって大隅・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ 私は、そんないい加減の言葉では、なぐさめられ切れず、鬱然として顔を仰向け、煙草ばかり吸っていた。 その時である。友人は、私の庭の八本の薔薇に眼をつけ、意外の事実を知らせてくれた。これは、なかなか優秀の薔薇だ、と言うのだ。「ほん・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・けれども私は、与えられるものを黙って着ている主義であるから、内心少からず閉口していても、それを着て鬱然と部屋のまん中にあぐらをかいて煙草をふかしているのであるが、時たま友人が訪れて来てこの私の姿を目撃し、笑いを噛み殺そうとしても出来ない様子・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・されど、之等は要するに皆かれの末技にして、真に欽慕すべきは、かれの天稟の楽才と、刻苦精進して夙く鬱然一家をなし、世の名利をよそにその志す道に悠々自適せし生涯とに他ならぬ。かれの手さぐりにて自記した日記は、それらの事情を、あますところ無く我ら・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・川向こうを見ると城の石垣の上に鬱然と茂った榎がやみの空に物恐ろしく広がって汀の茂みはまっ黒に眠っている。足をあげると草の露がひやりとする。名状のできぬ暗い恐ろしい感じに襲われて夢中に駆け出して帰って来た事もあった。広場の片す・・・ 寺田寅彦 「花物語」
出典:青空文庫