・・・……情ないわけねえ。……鬱陶しい目金も、マスクも、やっと取って、はばかりの中ですよ。――それで吻として、大な階子段の暗いのも、巌山を視めるように珍らしく、手水鉢に筧のかかった景色なぞ……」「ああ、そうか。」「うぐい亭の庭も一所に、川・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・大星だか由良之助だかで、鼻を衝く、鬱陶しい巴の紋も、ここへ来ると、木曾殿の寵愛を思い出させるから奥床しい。」 と帯を解きかけると、ちゃぶり――という――人が居て湯を使う気勢がする。この時、洗面所の水の音がハタとやんだ。 境はためらっ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・そうそう、鬱陶しいからって、貴方が脱いだ外套をここに置きますよ。夜露がかかる、着た方が可いわ。気転きかして奥と口。お蔦 (拍手天神様、天神様。早瀬 何だ、ぶしつけな。お蔦 やどをお頼み申上げます。早瀬 お・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・まだ、熟さないのは、黄色かった。鬱陶しい、黒っぽい、あたりの景色が眼にうつりました。そして、揺ぶるたびに、冷たい雫が、パタ/\と滴った。葉裏についている白い蛾が、ちょうど花びらかなどの散ったように、私達の身のまわりをひら/\しました。それは・・・ 小川未明 「果物の幻想」
・・・実際こんなときにこそ鬱陶しい梅雨の響きも面白さを添えるのだと思いました。四 それもやはり雨の降った或る日の午後でした。私は赤坂のAの家へ出かけました。京都時代の私達の会合――その席へはあなたも一度来られたことがありますね――・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 下宿から風呂屋までは一町に足らぬ。鬱陶しいほど両側から梢の蔽い重なった暗闇阪を降り尽して、左に曲れば曙湯である。雨の日には浴客も少なく静かでよい。はいっているうちにもう燈がつく。疲労も不平も洗い流して蘇ったようになって帰る暗闇阪は漆の・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・ ――外事課高等掛を友人に持つというのは、然し、何と鬱陶しいことか! ジェルテルスキーは、故国にいる間絶えず種々な頭字を肩書に持つ友人に煩らわされた。外国へ来ると、その土地によって、長かったり、短かったり、兎に角何等かの肩書ある知友を得・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫