・・・冷い白い肌に一点、電燈の像を宿している可愛い水差しは、なにをする気にもならない自分にとって実際変な魅力を持っていた。二時三時が打っても自分は寝なかった。 夜晩く鏡を覗くのは時によっては非常に怖ろしいものである。自分の顔がまるで知らない人・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・そしてそんな釣合いはOという人間の魅力からやって来ます。Oは嘘の云えない素直な男で彼の云うことはこちらも素直に信じられます。そのことはあまり素直ではない私にとって少くとも嬉しいことです。 そして話はその娯楽場の驢馬の話になりました。それ・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・人生には今や霞がかかり、その奥にあるらしい美と善との世界を、さらに魅力的にしたようである。若き春! 地上には花さえ美しいのにさらに娘というものがある。彼女たちは一体何ものだ。自然から美しく創りなされて、自分たちを誘うような、少なくとも待・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・しかし信仰のあるモダンガール、モダン婦人はその深みとクラシックとの対照のためにかえって非常に特色のある魅力と、ゆかしみが生じるものである。 そのわけは近代的な思想や、感覚に強い感受性を持っているということは、生命力の活々しさと頭の鋭さと・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・実際今日においては職業婦人は有閑婦人よりも、その生命の活々しさと、頭脳の鋭さと、女性美の魅力さえも獲得しつつあるのである。われわれの日常乗るバスの女車掌でさえも有閑婦人の持たない活々した、頭と手足の働きからこなされて出た、弾力と美しさをもっ・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・ 彼等と、アメリカ兵との間には、ロシアの娘に対する魅力の上で、かく段の差があった。彼等は、誰も彼れも、枯枝のように無骨で、話しかけられと、耳の根まで紅くした。彼等には軽蔑しているその偽札もなかった。椅子のある客間に坐りこむ、その礼儀も知・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・けれども同時にその源が神秘なものでも荘厳なものでもなくなって、第一義真理の魅力を失い、崇拝にも憧憬にも当たらなくなってしまう。四 知識で押して行けば普通道徳が一の方便になるとともに、その根柢に自己の生を愛するという積極的な目・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・服装正しく、挨拶も尋常で、気弱い笑顔は魅力的であります。散髪を怠らず、学問ありげな、れいの虚無的なるぶらりぶらりの歩き方をも体得して居た筈でありますし、それに何よりも泥酔する程に酒を飲まぬのが、決定的にこの男を上品な紳士の部類に編入させてい・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・作家の、人間としての魅力など、自分は少しもあてにして居りません。ろくな仕事もしていない癖に、その生活に於いて孤高を装い、卑屈に拗ねて安易に絶望と虚無を口にして、ひたすら魅力ある風格を衒い、ひとを笑わせ自分もでれでれ甘えて恐悦がっているような・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・しかしこのような見え透いた細工だけであれほどの長い時間観客を退屈させないでぐいぐい引きずり回して行くだけの魅力を醸成することはできそうに思われない。それにはもっともっと深い所に容易には簡単な分析的説明を許さないような技術が潜伏しているに相違・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫