・・・それでいて、腰の矢立はここのも同じだが、紺の鯉口に、仲仕とかのするような広い前掛を捲いて、お花見手拭のように新しいのを頸に掛けた処なぞは、お国がら、まことに大どかなものだったよ。」「陽気ね、それは。……でも、ここは近頃の新開ですもの。お・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 五 その鯉口の両肱を突張り、手尖を八ツ口へ突込んで、頸を襟へ、もぞもぞと擦附けながら、「小母さん、買ってくんねえ、小父的買いねえな。千六本に、おなますに、皮剥と一所に出来らあ。内が製造元だから安いんだぜ。大・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ と紺の鯉口に、おなじ幅広の前掛けした、痩せた、色のやや青黒い、陰気だが律儀らしい、まだ三十六七ぐらいな、五分刈りの男が丁寧に襖際に畏まった。「どういたして、……まことに御馳走様。……番頭さんですか。」「いえ、当家の料理人にござ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 今日は不漁で代物が少なかったためか、店はもう小魚一匹残らず奇麗に片づいて、浅葱の鯉口を着た若衆はセッセと盤台を洗っていると、小僧は爼板の上の刺身の屑をペロペロ摘みながら、竹箒の短いので板の間を掃除している。 若衆は盤台を一枚洗い揚・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・泊っている荷舟の苫屋根が往来よりも高く持上って、物を煮る青い煙が風のない空中へと真直に立昇っている。鯉口半纏に向鉢巻の女房が舷から子供のおかわを洗っている。橋の向角には「かしぶね」とした真白な新しい行燈と葭簀を片寄せた店先の障子が見え、石垣・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ こんなことはない筈と、次に鯉口をくつろげてゆく。又駄目。 四度目に自白して、ニコライの唯一の助手となり生涯を倶し、ニコライはどの位――さんにたよって居たかしれぬ。二人で日本最初の伝道を始めた。 ○ニコライの翻訳を手伝う人に・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
出典:青空文庫