・・・物を食うにも鳥屋の二階を不便となし、カッフェーを便としている。是が理由の第二である。 銀座通にカッフェーの流行し始めてから殆二十年の歳月を経たことは既に述べた。二十年の間に時勢は一変した。時勢の変遷につれて、僕自身の趣味も亦いくらか変化・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・頬白は塒を求めて慌ててさまよった。冷気を含んだ疾風がごうと蜀黍の葉をゆすって来た。遠く夕立の響が聞えて来た。文造は堪らなくなった。彼は鍬を担いで飛び出した。それと同時に屋根へ打ち込んだ鎌の切先が文造の額に触れた。はっと押えた時文造の手の平は・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ それから全体どこで買うのかと聞いて見ると、なにどこの鳥屋にでもありますと、実に平凡な答をした。籠はと聞き返すと、籠ですか、籠はその何ですよ、なにどこにかあるでしょう、とまるで雲を攫むような寛大な事を云う。でも君あてがなくっちゃいけなか・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・と云って居た。鳥屋に売ろうとしたら「あんまりこわそうだからない」と云ってことわられたのでどうにも出来ずやっぱりもとのようにあばれさして置いた。ひまな時たいくつな時などはいつでもごん平じいの家に行ってをからかって遊んで居た。其の日もたいくつま・・・ 宮本百合子 「三年前」
・・・ 友達であった女、神戸に鳥屋をして居、それを、男のために売りたい。相談して岡田をひっかけ買わす。失敗 又東京に来る。やけ。 わるい男 Yのところに居るのに「何も其那とこに居いでもええやろ、若いのに」などそそのかした男。・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 鳥が来てから鳥屋を作ったり、「餌は米ばっかり食うのかな。などと云って居るのを聞いて、「あれじゃあ食い潰される。などと云って居た。 日曜を一日、孝ちゃんの助手で作りあげた小屋には戸も何にもなくって、止・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ すっかりまるはだかにされた樹々が、一枚の葉さえないような太い枝を、ブッツリ中途から切られて、寒げに灰色の空に立つ様子。塒を奪われた烏共が、夕方になると働いている者の頭の上に、高く低く飛び交いながら鳴くのなどをみると、禰宜様宮田は振り上・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・そこに此間名刺を置いて歩いたとき見て置いた鳥屋がある。そこで牝鶏を一羽買って、伏籠を職人に注文して貰うように頼んだ。鳥は羽の色の真白な、むくむくと太ったのを見立てて買った。跡から持たせておこすということである。石田は代を払って帰った。 ・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・その内、台所の土間の隅に棚のあるのを見附けて、それへ飛び上がろうとする。塒を捜すのである。石田は別当に、「鳥を寝かすようにして遣れ」と云って居間に這入った。 翌日からは夜明に鶏が鳴く。石田は愉快だと思った。ところが午後引けて帰って見ると・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・なにがしという一人の家を囲みたるおり、鶏の塒にありしが、驚きて鳴きしに、主人すは狐の来しよと、素肌にて起き、戸を出ずる処を、名乗掛けて唯一槍に殺しぬ。六郎が父は、其夜酔臥したりしが、枕もとにて声掛けられ、忽ちはね起きて短刀抜きはなし、一たち・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫