・・・家の前の池は無気味な赤さに鳥肌立っていた。だんだんに夜が明けて来ると、雨の白さが痛々しく見えて、私はS達の雨中の行軍を想いやった。 朝、風に吹き飛ばされそうになりながら、雨襖を突き進んで、漸く××町の東三〇〇米の馬繋場にやって来ると、既・・・ 織田作之助 「面会」
・・・この小説の冒頭に「雨戸を閉めに立つと池の面がやや鳥肌立って、冬の雨であった」と書いてあります。「私」は書斎で雨を聴き、坂田翁も雨を聴いたのです。「春雨じゃ濡れて行こう」などという雨ではありません。ただ、雨の音を聴いたのです。それだけです。冒・・・ 織田作之助 「吉岡芳兼様へ」
・・・ その言葉の響きには、私の全身鳥肌立ったほどの凄い憎悪がこもっていました。「勝手にしろ!」と叫ぶ夫の声は既に上ずって、空虚な感じのものでした。 私は起きて寝巻きの上に羽織を引掛け、玄関に出て、二人のお客に、「いらっしゃいまし・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ 私は、その時、なぜだか、全身鳥肌立つほど、ぞっとしました。「来てるんでないか。おい、お前、だましてはだめだ。圭吾は、あの馬小屋にいるんでないか?」 私のあわてて騒ぐ様子が、よっぽど滑稽なものだったと見えて、嫁は、膝の上の縫い物・・・ 太宰治 「嘘」
・・・実際、あのドラマチックな転機には閉口するのである。鳥肌立つ思いなのである。 下手なこじつけに過ぎないような気がするのである。それで私は、自分の思想の歴史をこれから書くに当って、そんな見えすいたこじつけだけはよそうと思っている。 私は・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・わかい男女の恋の会話は、いや、案外おとなどうしの恋の会話も、はたで聞いては、その陳腐、きざったらしさに全身鳥肌の立つ思いがする。 けれども、これは、笑ってばかりもすまされぬ。おそろしい事件が起った。 同じ会社に勤めている若い男と若い・・・ 太宰治 「犯人」
・・・眼隈を黒々ととり、鳥肌立って身震いしながら「いやだよ、うるさい」とすねていた女は、チョン、木が入ると急に、「御注進! 御注進!」と男の声を出し、薄い足の裏を蹴かえして舞台へ駈けて行った。 九時過、提燈の明りで椎の葉と吊橋を照し宿・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・幸雄は、今はハッ、ハッと息を吐きながら、鳥肌立って蒼い頬の上にぽろぽろ涙を流し始めた。男共は葬列でも送るように鎮まりかえった。愈々担ぎ上げられて、数歩進んだ。突然子供がしゃくり上げて泣くような高い歔欷の声が四辺の静寂を破った。「石川! ・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫