・・・ 毎晩九時過ぎると、まだ夜と昼との影を投じ合った鳩羽色の湖面を滑って、或時は有頂天な、或時は優婉な舞踏曲が、漣の畳句を伴れて聞え始めます。すると先刻までは何処に居たのか水音も為せなかった沢山の軽舸が、丁度流れ寄る花弁のように揺れながら、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・四辺が次第に鳩羽色となり、街燈がキラキラ新しい金色で瞬き出すと、どんな人の顔にも、何か他の時と異った一つの表情が現われた。誰でもひどく早足だ。四辻を横切りながら、自分の乗ろうとする電車の方ばかりに目をつけている。買いものの紙包みを持ち、小さ・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ やがて、日がだんだん山に近くなって、天地が橙色に霞み山々の緑が薄い鳩羽色で包まれかけると、六は落日に体中照り出されながら、来たとは反対の側から山を下りる。 そして、菫が咲き、清水が湧き出す小溝には沢蟹の這いまわるあの新道を野道へ抜・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫