・・・ それでもなお毛利先生は、休憩時間の喇叭が鳴り渡るまで、勇敢に訳読を続けて行った。そうして、ようやく最後の一節を読み終ると、再び元のような悠然たる態度で、自分たちの敬礼に答えながら、今までの惨澹たる悪闘も全然忘れてしまったように、落ち着・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・寺々の鐘が鳴り渡ると爆竹がとどろいてプロージット、プロージットノイヤールという声々が空からも地からも沸き上がる。シャン/\/\と雪ぞりの鈴が聞こえ、村の楽隊のセレネードに二階の窓からグレーチヘンが顔を出す。たわいもない幻影を追う目がガラス棚・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・深き夜を焦せとばかり煮え返るほのおの声は、地にわめく人の叫びを小癪なりとて空一面に鳴り渡る。鳴る中には砕けて砕けたる粉が舞い上り舞い下りつつ海の方へと広がる。濁る浪の憤る色は、怒る響と共に薄黒く認めらるる位なれば櫓の周囲は、煤を透す日に照さ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・もし人間に無条件に通じ合う愛というものがあり得るなら、こうやって初冬の晴れた大空を劈いて休戦を告げる数百千の汽笛が鳴り渡るとき、どうして人々は敗けて、而も愛するものを喪った人々の思いを察しようとしないのだろう。歓呼のうちに自分の声も合せなが・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・って居る草原は、黄緑色にはてしなく続いて、遠い向うには海の様な空の中に草の頭がそろってしなやかにユーラリ、ユラリとそよいで、一吹風が吹き渡ると、林中の葉と原中の草が甘い薫りを立ててサヤサヤ、サヤサヤと鳴り渡る。はっきりした茶色の幹を輝かして・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ オミョオミョワラーー――ン…… 天地中が隅から隅まで、一どきに鳴り渡ると感じる間もなく、六の体は太陽の火粉のように、真下の森へ向って落ちて行った。…… 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫