・・・少くも貧乏な好事家に珍重されるだけで、精々が黄表紙並に扱われる位なもんだろう。今でこそ写楽々々と猫も杓子も我が物顔に感嘆するが、外国人が折紙を附けるまでは日本人はかなりな浮世絵好きでも写楽の写の字も知らなかったものだ。その通りに椿岳の画も外・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・二葉亭はこの『小説神髄』に不審紙を貼りつけて坪内君に面会し、盛んに論難してベリンスキーを揮廻したものだが、私は日本の小説こそ京伝の洒落本や黄表紙、八文字屋ものの二ツ三ツぐらい読んでいたけれど、西洋のものは当時の繙訳書以外には今いったリットン・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・あなたは近代インテリゲンチャ、不安の相貌を具えている。余りでたらめは書きますまい。あなたは黄表紙の作者でもあれば、ユリイカの著者でもある。『殴られる彼奴』とはあなたにとって薄笑いにすぎない。あなたがあやつる人生切り紙細工は大南北のものの大芝・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・横に長い黄表紙で木版刷りの古い本であった。「甲乙二人の旅人あり、甲は一時間一里を歩み乙は一里半を歩む……」といったような題を読んでその意味を講義して聞かせて、これをやってごらんといわれる。先生は縁側へ出てあくびをしたり勝手のほう・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・今の日本の書物はどことなくイギリスやアメリカくさいところがある、そして昔の経書や黄表紙がちょんまげや裃に調和しているように今の日本人にはやはりこれがふさわしいような気がする。 フランスの文学美術書が科学書といっしょに露店式に並べてある所・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ 天明は狂歌盛んに行われ、黄表紙ようやく勢いを得たる時なり。されど俳句とは直接に関係するところなし。ただこの時代が文学美術全般の勃興を成したるは文運の隆盛を促すべき大勢に駆られたるものにして、その大勢なるものはかえって各種の文学美術が相・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・細工ものの箱に役者の絵はがきに講談本のあるはずの室には、壁一っぱいに地獄の絵がはりつけてあり畳の上には古い虫ばんだ黄表紙だの美くしい新□(ものが散らばってまっかにぬった箱の中には勝れた羽色をもった蝶が針にさされて入って居た。 そんな事も・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
出典:青空文庫