・・・ 然し、このことは、私に却って鼻柱に皺のよるような苦笑を与えた。とめにアテナは大層ハイカラーに見えたのだろう。それで、一寸椅子にかけ、花の飾ってある机に向い、アテナを使って友達に手紙でも書いて見たかったのであろう。私にも、このような気持・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・ あきる時を知らない様に千世子は自分の手足とチラッと見える鼻柱が大変白く見えるのを嬉しい様に思いながらテニスコートの黒土の上を歩きまわった。 町々のどよめきが波が寄せる様に響くのでまるで海に来て居る様な気持になって波に洗われる小石の・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 牛舎の中へ入って行く、馴れない故で牛の鼻柱の前を通るのはあんまり良い気持はしないけれ共、静かに草をかんで居る様子は、どうしても馬よりはなつきやすい気持を起させる。ズーッと中に入ると消毒した後の道具を拭いたり、油をさしたりして居る男達が・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・博い引例や、自在な諷刺で雄弁であり、折々非常に無邪気に破顔すると大きい口元はまきあがり、鼻柱もキューと弓なりに張っている。ひろ子は自分が美術家であったら、この、独特な、がっちりと動的に出来上った人物をどういう手法であらわすだろうと思った。一・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・この二重唱が起ると私は、いつも、始めのうちは極めて渋い涙が、眼ではない、鼻柱の心のどこかに湧き溜って来るように感じる。それを堪え、いつか気を奪われて、人間らしい獣と、獣に近い人間の吠え声にききとれていると、妙なものではないか、私の理性迄がち・・・ 宮本百合子 「吠える」
・・・親しげにそう言い、ルトーニンは鼻柱を顰めてつけ加えた。「とてもいい娘っ子だ!」 この男は、どれだけでも、どんな恰好ででもシャベルによりかかってでも眠ることが出来た。そして、眠りながら彼は眉を挙げ、彼の顔は不思議に変って、皮肉に驚いた表情・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・眼鏡で鼻柱をつまんだ僧侶が説教壇に登った。 ――宗教とはいかなる禁制をも意味しない。ただ諸君とおよび諸君の光栄ある子孫の一生のための秩序、原則としての宗教あるのみである。 少年団大会出席のためロンドンへ出て来た大男の団長が実用的なこ・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫