・・・顔は一面に鼻血にまみれ、ズボンの膝は大穴のあいた、帽子も何もない少年である。彼はやっと立ち上ると、思わず大声に泣きはじめた。敵味方の少年はこの騒ぎにせっかくの激戦も中止したまま、保吉のまわりへ集まったらしい。「やあ、負傷した」と云うものもあ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・そして、博奕打ちに特有の商人コートに草履ばきという服装の男を見ると、いきなりドンと突き当り、相手が彼の痩せた体をなめて掛ってくると、鼻血が出るまで撲り合った。 ある日、そんな喧嘩のとき胸を突かれて、げッと血を吐いた。新聞社にいたころから・・・ 織田作之助 「雨」
・・・この話を聴いた時、私は鼻血は出たけれど大工の演説を聴かずに済んだ自分を倖せに思った。私は自分の精神の衛生上、演説呆けという病気をかねがね怖れていたのである。 鼻血が出たので、私は鼻の穴に紙片をつめたまま点呼を受けた。査閲の時点呼執行官は・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ ある支店長のごときは、旅費をどう工面したのか、わざわざ静岡から出て来て、殆んど発狂同然の状態で霞町の総発売元へあばれ込み、丹造の顔を見た途端に、昂奮のあまり、鼻血を出して、「川那子! この血を啜れ! この血を。おれの血の最後の一滴・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・彼は祭りの太鼓の音のように、この音が気に入っていたらしく、彼自身太鼓たたきになったような気になったのか、この音楽的情熱を満足させるために、鼻血が出るまで打ち続けるのであった。 そして、この太鼓打ちの運動で腹の工合が良くなるのか、彼は馬の・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・正行が鼻血を出したり、陳平が泣面をしたりするという騒ぎが毎々でした。細川はそういうことは仕ない大人のような小児でした。此二人は後にまた中学校でも落合ったことがあるので能くおぼえて居ました。 また此外に矢張りこれも同級の男で野崎というのが・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・とうとう仕舞いには、卒倒、おびただしき鼻血。私たち、なんにも申し合わせなかったのに、そのあくる日、二人の給仕は例外、ほかの社員ことごとく、辞表をしたためて持って来ていたのでございます。そうして、くやしくて、みんな編輯長室のまえの薄暗い廊下で・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・汚い。鼻血。見るがいい、君の一点の非なき短篇集「晩年」とやらの、冷酷、見るがいい。傑作のお手本、あかはだか苦しく、どうか蒲の穂敷きつめた暖き寝所つくって下さいね、と眠られぬ夜、蚊帳のそとに立って君へお願いして、寒いのであろう、二つ三つ大きい・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・これを、一度に五寸以上たべると、鼻血が出ます。先生はいま、二寸たべましたから、まだ大丈夫。もう二寸たべてごらんなさい。四寸くらいたべたら、ちょうどからだにいいでしょう。」 私は仕方なく、「それでは、もう二寸、ごちそうになりましょう。・・・ 太宰治 「母」
・・・鼻孔からは、鼻血がどくどく流れ出し、両の眼縁がみるみる紫色に腫れあがる。 はるか遠く、楢の幹の陰に身をかくし、真赤な、ひきずるように長いコオトを着て、蛇の目傘を一本胸にしっかり抱きしめながら、この光景をこわごわ見ている女は、さちよである・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫