・・・先生、この時、チョイと目を転じて、メートルグラスの番人を見た、これはおかわりの合図。「だが、……コーツト、題はなんといたしましょう、男的閣下。題は、題は。」「だから言うじゃアないか、題はおれが、おれが考えがあるから可と言うに。」・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・ 彼はゆさ/\崩れそうにゆれる薪の上を歩いている宗保に手で合図をした。 宗保が、揺れる薪の上からおりて来ると、三人は、スパイが居眠りをしているのとは反対の北側へ集った。そして、家のようなうず高い薪の堆積にぐいと力を入れた。薪は、なだ・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・ イワンは、うしろの馭者に何か合図をした。 大隊長は、肥り肉の身体に血液がありあまっている男であった。ハムとべーコンを食って作った血だ。「ええと、三百円のうち……」彼は、受取ったすぐ、その晩――つまり昨夜、旧ツアー大佐の娘に、毎・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ その後、誰か一人が合図をすると、皆は看守に気取られないように、――顔は看守の方へ向けたまゝ、身体だけをズッて寄って行くことになった。「ちえッ! 又、ズロースをはいてやがる!」 なれてくると、俺もそんな冗談を云うようになった。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・とした。頭がガックリ前にさがった。そして唾をはいた。血が口から流れてきた。彼は二、三度血の唾をはいた。「ばか、見ろいッ!」 親分の胸がハダけて、胸毛がでた。それから棒頭に「やるんだぜ!」と合図をした。 一人が逃亡者のロープを・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・で二日の午前に、まず第一に陸軍から、大橋特務曹長操縦、林少尉同乗で、天候の観測をするよゆうもなく、冒険的に日光へ飛行機をかり、御用邸の上をせんかいしながら、「両陛下が御安泰にいらせられるなら旗をふって合図をされたい」としたためたかきつけと、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・蝉の鳴いている樹から、静かな星に至る迄、其処には、言葉に表わさない合図や、身振り、啜泣、吐息などほか、何もありません。 深い真昼時、船頭や漁夫は食事に行き、村人は昼寝をし、小鳥は鳴を鎮めて渡舟さえ動かず、いつも忙しい世界が、その働きをぴ・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・「おそれいります。会津の藩士でございます。」「剣術なども、お幼い頃から?」「いいえ、」上の姉さんは静かに笑って、私にビイルをすすめ、「父にはなんにも出来やしません。おじいさまは槍の、――」と言いかけて、自慢話になるのを避けるみた・・・ 太宰治 「佳日」
・・・竹青は眼で魚容に合図して、翼をすぼめ、一直線にその家めがけて降りて行き、魚容もおくれじと後を追い、二羽、その洲の青草原に降り立ったとたんに、二人は貴公子と麗人、にっこり笑い合って寄り添い、迎えの者に囲まれながらその美しい楼舎にはいった。・・・ 太宰治 「竹青」
・・・父は、顎をしゃくって私と弟に、あっちへ行けというような合図をなさいましたので、私は弟をうながして、勉強室へ引き上げましたが、茶の間のほうからは、それから一時間も、言い争いの声が聞えました。母は、普段は、とても気軽な、さっぱりしたひとなのです・・・ 太宰治 「千代女」
出典:青空文庫