・・・そしてボオイに合図をすると、ボオイがもう一杯水を持って来てくれた。 門番は話のあとをする。「潜水夫は一時間と三十分掛かって、包みを見付けたそうでございます。その間に秘密警察署の手で、今朝から誰があの川筋を通ったということを探りました。ベ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・乙の方ではその合図の火影を認めた瞬間にぴたりと水の流出を止めて、そうして器の口に当る区分の文句を読むという寸法である。 話は変るが、一九一〇年頃ベルリン近郊の有名な某電機会社を見学に行ったときに同社の専売の電信印字機を見せてもらった。発・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・もうおしまいという合図らしい。 船首の技手は筒の掃除をする。若い親方はプログラムを畳む。見物は思い思いに散って行った。散った跡の河岸に誰かが焚きすてた焚火の灰がわずかに燻って、ゆるやかな南の風に靡いていた。 いちばん大きな筒から打上・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・まして祖父を見た事のない、あるいは朧気にしか覚えていない子供等には、会津戦争や西南戦争時代の昔話は書物で見る古い歴史の断片のようにしか響かないだろう。そしてそれだけにかえって祖父に対するなつかしみは浄化され純化されて子供等の頭の中の神殿に収・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・それから門前の豆腐屋がこの鉦を合図に、腰障子をはめる」「門前の豆腐屋と云うが、それが君のうちじゃないか」「僕のうち、すなわち門前の豆腐屋が腰障子をはめる。かんかんと云う声を聞きながら僕は二階へ上がって布団を敷いて寝る。――僕のうちの・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ 五人の坑夫、――秋山も小林も混って――は、各々口にバットを喞えて、見張からの合図を待っていた。 何十年も、殆んど毎日のように、導火線に火を移す彼等であっても、その合図を待つ時には緊張しない訳には行かなかった。「恐ろしいもんだ。・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分は玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。 運・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・こうみだれてしまっては仕方くだものの出たのを合図に会長さんは立ちあがりました。けれども会長さんももうへろへろ酔っていたのです。「ええ一寸一言ご挨拶申しあげます。今晩はお客様にはよくおいで下さいました。どうかおゆるりとおくつろぎ下さい。さ・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・旗は、よろこびと幸福とへ向って生活の軌道を切りかえる親切と勇気にみちた信号合図の旗として、かざされ、振られなければならない。嬉々とした人生の建設のために構図し、労作する、その高き旗じるしとして、婦人の大集団の上に、勇敢に、はためかなければな・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・そして、消防の方に何だか合図し、穏かに、楽しそうな風体で、「おらも助けてやるぞ、なあ勇吉どん」と、ふすまをはずして持ち出し、土間のワラをかき集めては火をつけた。――このような見ものを村人は、村始まって見たことはなかった。何という面白・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
出典:青空文庫