・・・が、味方は名に負う猪武者、英吉利仕込のパテント付のピーボヂーにもマルチニーにも怯ともせず、前へ前へと進むから、始て怖気付いて遁げようとするところを、誰家のか小男、平生なら持合せの黒い拳固一撃でツイ埒が明きそうな小男が飛で来て、銃劒翳して胸板・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「もう飽きた?」「飽きちゃった……」 幾度か子供等に催促されて、彼はよう/\腰をおこして、好い加減に酔って、バーを出て電車に乗った。「何処へ行くの?」「僕の知ってる下宿へ」「下宿? そう……」 子供等は不安そうに・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 此の時分から彼は今まで食べていた毎日の食物に飽きたと言い、バターもいや、さしみや肉類もほうれん草も厭、何か変った物を考えて呉れと言います。走りの野菜をやりましたら大変喜びましたが、これも二日とは続けられません。それで今度はお前から注文・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ いやでござりますともさすがに言いかねて猶予う光代、進まぬ色を辰弥は見て取りて、なお口軽に、私も一人でのそのそ歩いてはすぐに飽きてしまってつまらんので、相手欲しやと思っていたところへここにおいでなさったのはあなたの因果というもの、御迷惑・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 足をばたばたやって大声を上げて泣いて、それで飽き足らず起上って其処らの石を拾い、四方八方に投げ付けていた。 こう暴れているうちにも自分は、彼奴何時の間にチョーク画を習ったろう、何人が彼奴に教えたろうとそればかり思い続けた。 泣・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・これは最も賢明で本当の仕方であるから、相応に月謝さえ払えば立派に眼も明き味も解って来て、間違なく、最も無難に清娯を得る訳だから論はない。しかるにまた大多数の人はそれでは律義過ぎて面白くないから、コケが東西南北の水転にあたるように、雪舟くさい・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・しかし長頭丸が植通公を訪うた時、この頃何かの世間話があったかと尋ねられたのに答えて、「聚落の安芸の毛利殿の亭にて連歌の折、庭の紅梅につけて、梅の花神代もきかぬ色香かな、と紹巴法橋がいたされたのを人褒め申す」と答えたのにつけて、神代もきかぬと・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・一度、本を読むのに飽きたので、独房の壁の中を撫でまわして、落書を探がしたことがある。独房は警察の留置場とちがって、自分だけしか入っていないし、時々点検があるので、落書は殆んどしていない。然し、それでも俺はしばらくして、色んな隅ッこから何十と・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・「ここの家には飽きちゃった。」 と言い出すのは三郎だ。「とうさん、僕と三ちゃんと二人で行ってさがして来るよ。いい家があったら、とうさんは見においで。」 次郎は次郎でこんなふうに引き受け顔に言って、画作の暇さえあれば一人でも借・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・兄も、私も、その人ごみのうしろに永いこと立ちどまり、繰り返し繰り返し綴られる同じ文章を、何度でも飽きずに読むのである。 とうとう兄は、銀座裏の、おでんやに入った。兄は私にも酒を、すすめた。「よかった。これで、もう、いいのだ。」兄は、・・・ 太宰治 「一燈」
出典:青空文庫