・・・屋も新建ちの一軒家で、売り物のひょろ松やら樫やら黄楊やら八ツ手やらがその周囲にだらしなく植え付けられてあるが、その向こうには千駄谷の街道を持っている新開の屋敷町が参差として連なって、二階のガラス窓には朝日の光がきらきらと輝き渡った。左は角筈・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・またある物は巻煙草の朝日の包紙の一片らしかった。マッチのペーパーや広告の散らし紙や、女の子のおもちゃにするおすべ紙や、あらゆるそう云った色刷のどれかを想い出させるような片々が見出されて来た。微細な断片が想像の力で補充されて頭の中には色々な大・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・河を隔てて木の間隠れに白くひく筋の、一縷の糸となって烟に入るは、立ち上る朝日影に蹄の塵を揚げて、けさアーサーが円卓の騎士と共に北の方へと飛ばせたる本道である。「うれしきものに罪を思えば、罪長かれと祈る憂き身ぞ。君一人館に残る今日を忍びて・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 小さな葉、可愛らしい花、それは朝日を一面に受けて輝きわたっているではないか。 総べてのものは、よりよく生きようとする。ブルジョア、プロレタリア―― 私はプロレタリアとして、よりよく生きるために、ないしはプロレタリアを失くするた・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ きょうは一天晴れ渡りて滝の水朝日にきらつくに鶺鴒の小岩づたいに飛ありくは逃ぐるにやあらん。はたこなたへとしるべするにやあらんと草鞋のはこび自ら軽らかに箱根街道のぼり行けば鵯の声左右にかしましく 我なりを見かけて鵯の鳴くらしき・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・それから川岸を下って朝日橋を渡って砂利になった広い河原へ出てみんなで鉄鎚でいろいろな岩石の標本を集めた。河原からはもうかげろうがゆらゆら立って向うの水などは何だか風のように見えた。河原で分れて二時頃うちへ帰った。そして晩まで垣根を結って・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・新らしい六畳の小部屋わたしの部屋正面には清らかな硝子の出窓をこえて初春の陽に揺れる松の梢や、小さな鑓飾りをつけた赤屋根の斜面が見える。左手には、一間の廊下。朝日をうけ、軽らかな息を吸いつつ此処に立って・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・そこへ据わって、マッチを擦って、朝日を一本飲む。 木村は為事をするのに、差当りしなくてはならない事と、暇のある度にする事とを別けている。一つの机の上を綺麗に空虚にして置いて、その上へその折々の急ぐ為事を持って行く。そしてその急ぐ為事が片・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ フリードランドの平原では、朝日が昇ると、ナポレオンの主力の大軍がニエメン河を横断してロシアの陣営へ向っていった。しかし、今や彼らは連戦連勝の栄光の頂点で、尽く彼らの過去に殺戮した血色のために気が狂っていた。 ナポレオンは河岸の丘の・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・舟がまだ池を出はずれない前に、もう朝日が東の山を出たように思う。来る時に見えなかったいろいろな物が、朝日の光に照らし出された。池はだんだん狭くなり、水田と入り組み、いつともなしになくなってしまう。その水田の間の運河に入って、町裏のきたないと・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫