・・・が何より禁物なので、東京にゆけば是非、江藤侯井下伯その他故郷の先輩の堂々たる有様を見聞せぬわけにはいかぬ、富岡先生に取ってはこれ則ち不平、頑固、偏屈の源因であるから、忽ち青筋を立てて了って、的にしていた貴所の挙動すらも疳癪の種となり、遂に自・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・かくて政権は確実に北条氏の掌中に帰し、天下一人のこれに抗議する者なく、四民もまたこれにならされて疑う者なき有様であった。後世の史家頼山陽のごときは、「北条氏の事我れ之を云ふに忍びず」と筆を投じて憤りを示したほどであったが、当時は順逆乱れ、国・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・婦人としては男子の圧迫と戦うために職業戦線に出なければならない有様である。婦人の自由の実力を握るための職業進出である。婦人は母性愛と家庭とをある程度まで犠牲としても、自分を保護し、自由を獲得しなければならない事情がある。これは結局は社会改革・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・彼等は、棄てられた一軒の小屋に這入って、寒さをしのぎつゝ、そこから、敵の有様を偵察することにきめた。 その小屋は、土を積み重ねて造ったものだった。屋根は、屋根裏に、高粱稈を渡し、その上に、土を薄く、まんべんなく載せてあった。扉は、モギ取・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 飼主が――それはシベリア土着の百姓だった――徴発されて行く家畜を見て、胸をかき切らぬばかりに苦るしむ有様を、彼はしばしば目撃していた。彼は百姓に育って、牛や豚を飼った経験があった。生れたばかりの仔どもの時分から飼いつけた家畜がどんなに・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 強て何か話が無いかとお尋ねならば、仕方がありません、わたくしが少時の間――左様です、十六七の頃に通学した事のある漢学や数学の私塾の有様や、其の頃の雑事や、同じ学舎に通った朋友等の状態に就いてのお話でも仕て見ましょう。今でも其の時分の面・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・顔をあげて拝むような目付をしたその男の有様は、と見ると、体躯の割に頭の大きな、下顎の円く長い、何となく人の好さそうな人物。日に焼けて、茶色になって、汗のすこし流れた其痛々敷い額の上には、たしかに落魄という烙印が押しあててあった。悲しい追憶の・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・此、金持らしい有様の中で、仕事がすむとそおっと川の汀に出かけ、其処に座る、一人の小さい娘のいるのに、気が附いた者があったでしょうか? 私は知りません。けれども、此処で、周囲の自然は、スバーの言葉の足りなさを補い、彼女に代って物を云いました。・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・昔は東海道でも有名な宿場であったようですが、だんだん寂れて、町の古い住民だけが依怙地に伝統を誇り、寂れても派手な風習を失わず、謂わば、滅亡の民の、名誉ある懶惰に耽っている有様でありました。実に遊び人が多いのです。佐吉さんの家の裏に、時々糶市・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・それで、前者では練習さえ積めばかなりの程度までは思いのままにあらゆる有様を再現することが出来るが、後者の方では二度と同じ結果を出すまでに何度試みを繰返さなければならないかを、確実に予言することが出来ない。 それだからヨーヨーは生真面目で・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
出典:青空文庫