・・・大都市の冬に特有な薄い夜霧のどん底に溢れ漲る五彩の照明の交錯の中をただ夢のような心持で走っていると、これが自分の現在住んでいる東京の中とは思えなくなって、どこかまるで知らぬ異郷の夜の街をただ一人こうして行方も知らず走っているような気がして来・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・遠い異郷から帰って来たイタリア人らは、いそいそと甲板を歩き回って行く手のかなたこなたを指ざしながら、あれがソレント、あすこがカステラマレと口々に叫んでいる。いろいろの本で読んだ覚えのある、そしていろいろの美しい連想に結びつけられたこれらの美・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ところがまたこの象を取り扱う人間もまたあいにくきわめて純良で正直であって、この異郷の動物の気持ちなどをいろいろと推測してそれに適合する事をあえてするにはあまりに高い人格を持っていたのである。こうした二つのものが相接触すればいつかはけんかにな・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・ 異郷で迎えた正月も数ある中でどうしてこの武雄温泉とナポリと二つの正月が割合に鮮明な絵となって、そうして対幅のようになって残っているのか。どちらも南国の旅の正月であったが、単にそれだけのことであるのか。まさか有田の乞食婆の喰っていたあの・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・このような不思議な世界に読者を導き入れるためには、特殊な手段を要することは勿論で、この種の作品がその資料を遠い過去や異郷に採るのみならず、その文体や用語に特別な選択をするを便利とする所以もまたここに在るのではあるまいか。 以上はただ典型・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・何かなしに神田で覘いてみた眼鏡の中の大通りを思い浮べて、異郷の巷を歩くような思いがする。高等学校の横を廻る時に振返ってみると本郷通りの夜は黄色い光に包まれて、その底に歳暮の世界が動揺している。弥生町へ一歩踏込むと急に真暗で何も見えぬ。この闇・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・ カラザンという土地には奇妙な風習があった。異郷から来た旅人が宿泊した時に、その人が風采も立派で勇気があって優れた人物だと思うと、夜中に不意を襲って暗殺してしまう。暗殺の目的は金や持物ではなくて、その旅人の有っている技能や智慧や勇気が魂・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・わたくしは父を訪問しに来た支那人が帰りがけに船梯子を降りながら、サンパンと叫んで小舟を呼んだその声をきき、身は既に異郷にあるが如き一種言いがたい快感を覚えた事を今だに忘れ得ない。 朝の中長崎についた船はその日の夕方近くに纜を解き、次の日・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・ ところが祭壇の下オーケストラバンドの右側に、「異教徒席」「異派席」という二つの陶製の標札が出て、どちらにも二十人ばかりの礼装をした人たちが座って居りました。中には今朝の自働車で見たような人も大分ありました。 私もそこで陳氏と並んで・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・へのプロテスト――農村と都会の分裂の悲劇p.67 十六世紀のアンリ四世とパリの同業組合p.68 異教の擡頭につれて、パリでは警吏が町角の聖母像におじぎを強要した。ふみ絵の元祖?一五六〇年頃p.72 新教と「家庭」。市・・・ 宮本百合子 「バルザック」
出典:青空文庫