・・・その結果として冒頭だか序論だかに私の演説の短評を試みられたのはもともと私の注文から出た事ではなはだありがたいには違ないけれども、その代り厭にやり悪くなってしまった事もまた争われない事実です。元来がそう云う情ない依頼をあえてするくらいですから・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・*2「少くともラテン語は読まなければいけない。」*3「哲学者は煙草を吸わざるべからず。」 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・「え、それじゃ女は薬を飲んでるのか、然し、おい、誤魔化しちゃいけねえぜ。薬を飲ませて裸にしといちゃ差引零じゃないか、卵を食べさせて男に蹂躙されりゃ、差引欠損になるじゃないか。そんな理窟に合わん法があるもんかい」「それがどうにもならな・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・と、お梅は次の間で茶を入れ、湯呑みを盆に載せて持って来て、「憎らしいけれども、はい」「いや、ありがたいな。これで平田を口説いたのと差引きにしてやろう」「まだあんなことを」「おッと危ない。溢れる、溢れる」「こんな時でなくッちゃ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・そいつあいけねえぜ。」一本腕が、口に一ぱい物を頬張りながら云った。 一言の返事もせずに、地びたから身を起したのは、痩せ衰えた爺いさんである。白い鬚がよごれている。頭巾の附いた、鼠色の外套の長いのをはおっているが、それが穴だらけになってい・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・――一滴もいけなかった私が酒を飲み出す、子供の時には軽薄な江戸ッ児風に染まって、近所の女のあとなんか追廻したが、中年になって真面目になったその私が再び女に手を出す――全く獣的生活に落ちて、終には盗賊だって関わないとまで思った。いや、真実なん・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・それからどうぞ今はいけないから後にしろなんぞとおっしゃらないで下さいまし。御承諾下さるつもりで、前もってお礼を申上げます。もうこれでも大ぶ貴重なお時間をお潰させ申しましたでしょうね。マドレエヌ わたくしにお逢いになりましても、そう大・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・旦那様、お怒なすってはいけません。わたくしは何と仰ゃっても彼奴のいる傍へ出て行く事は出来ません。もしか明日の朝起きて見まして彼奴が消えて無くなっていれば天の助というものでございます。わたくしは御免を蒙りまして、お家の戸閉だけいたしまして、錠・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・入れずに死骸許りを捨てるとなると、棺の窮屈という事は無くなるから其処は非常にいい様であるが、併し寐巻の上に経帷子位を着て山上の吹き曝しに棄てられては自分の様な皮膚の弱い者は、すぐに風を引いてしまうからいけない。それでチョイと思いついたのは、・・・ 正岡子規 「死後」
・・・四月九日〔以下空白〕一千九百廿五年五月五日 晴まだ朝の風は冷たいけれども学校へ上り口の公園の桜は咲いた。けれどもぼくは桜の花はあんまり好きでない。朝日にすかされたのを木の下から見ると何だか蛙の卵のような気がす・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
出典:青空文庫