・・・芸者が来ると、蝶子はしかし、ありったけの芸を出し切って一座を浚い、土地の芸者から「大阪の芸者衆にはかなわんわ」と言われて、わずかに心が慰まった。 二日そうして経ち、午頃、ごおッーと妙な音がして来た途端に、激しく揺れ出した。「地震や」「地・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 三十余りの人々長方形の卓を囲みて居並びしがみな眼を二郎の方にのみ注げば、わが入り来たれるに心づきしは少なかりき。一座粛然たる中に二郎が声のみぞ響きたる。かれが蒼白き顔は電燈の光を受けていよいよ蒼白く貴嬢がかつて仰ぎ見て星とも愛でし眼よ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・梅子も座に着いている、一見一座の光景が平常と違っている。真面目で、沈んで、のみならず何処かに悲哀の色が動いている。 校長は慇懃に一座に礼をして、さてあらためて富岡老人に向い、「御病気は如何で御座いますか」「どうも今度の病気は爽快・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・、伊尹の使った料理鍋、禹の穿いたカナカンジキだのというようなものを素敵に高く買わすべきで、これはこれ有無相通、世間の不公平を除き、社会主義者だの無産者だのというむずかしい神の神慮をすずしめ奉る御神楽の一座にも相成る訳だ。 が、それはそれ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・き、女の綱渡り名人が、村にやって来て、三人の女綱渡りすべて、祖父が頬被りとったら、その顔に見とれて、傘かた手に、はっと掛声かけて、また祖父を見おろし、するする渡りかけては、すとんすとんと墜落するので、一座のかしらから苦情が出て、はては村中の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・二人づれで私のところにやって来ると、ひとりは、もっぱら華やかに愚問を連発して私にからかわれても恐悦の態で、そうして私の答弁は上の空で聞き流し、ただひたすら一座を気まずくしないように努力して、それからもうひとりは、少し暗いところに坐って黙って・・・ 太宰治 「散華」
・・・昔は将棋を試みた事もあり、また筆者などと一緒に昔の本郷座で川上、高田一座の芝居を見たこともありはしたが、中年以後から、あらゆる娯楽道楽を放棄して専心ただ学問にのみ没頭した。人には無闇に本を読んでも駄目だと云ってはいたが、実によく読書し、また・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ 鴈治郎の一座と、幸四郎の組合せであるその芝居は、だいぶ前から町の評判になっていた。廓ではことにもその噂が立って、女たちは寄るとさわると、その話をしていた。長唄連中の顔ぶれでは、誰れが来るとか来ないとかいうことも問題になっていた。観劇料・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・当時我国興行界の事情と、殊にその財力とは西洋オペラの一座を遠く極東の地に招聘し得べきものでないと臆断していたので、突然此事を聞き知った時のわたくしの驚愕は、欧洲戦乱の報を新聞紙上に見た時よりも遥に甚しきものがあった。 五年間に渉った欧洲・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・とルーファスは革に釣る重き剣に手を懸けてするすると四五寸ばかり抜く。一座の視線は悉く二人の上に集まる。高き窓洩る夕日を脊に負う、二人の黒き姿の、この世の様とも思われぬ中に、抜きかけた剣のみが寒き光を放つ。この時ルーファスの次に座を占めたるウ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫