・・・どうか又後宮の麗人さえ愛するようにもして下さいますな。 どうか菽麦すら弁ぜぬ程、愚昧にして下さいますな。どうか又雲気さえ察する程、聡明にもして下さいますな。 とりわけどうか勇ましい英雄にして下さいますな。わたしは現に時とすると、攀じ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・この温気……ねえ、お前さん。――(酒はいけない。飢と素早いこと、さっさ、と片づけて、さ、もう一のし。 今度はね、大百姓……古い農家の玄関なし……土間の広い処へ入りましたがね、若い人の、ぴったり戸口へ寄った工合で、鍵のかかっていないこ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ この時まで枯木のごとく立ッていた吉里は、小万に顔を見合わせて涙をはらはらと零し、小万が呼びかけた声も耳に入らぬのか、小走りの草履の音をばたばたとさせて、裏梯子から二階の自分の室へ駈け込み、まだ温気のある布団の上に泣き倒れた。 ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫