・・・彼女の唇はもう今では永遠の微笑を浮かべていない。彼女の頬もいつの間にかすっかり肉を失っている。彼女は失踪した夫のことだの、売り払ってしまったダブル・ベッドのことだの、南京虫のことだのを考えつづけた。すると誰かためらい勝ちに社宅の玄関のベルを・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・しかもその動いてゆく先は、無始無終にわたる「永遠」の不可思議だという気がする。吾妻橋、厩橋、両国橋の間、香油のような青い水が、大きな橋台の花崗石とれんがとをひたしてゆくうれしさは言うまでもない。岸に近く、船宿の白い行灯をうつし、銀の葉うらを・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・その世界に何故渇仰の眼を向け出したか、クララ自身も分らなかったが、当時ペルジヤの町に対して勝利を得て独立と繁盛との誇りに賑やか立ったアッシジの辻を、豪奢の市民に立ち交りながら、「平和を求めよ而して永遠の平和あれ」と叫んで歩く名もない乞食の姿・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・そして出来るだけ私たちの周囲を淋しさから救うために働こう。私はお前たちを愛した。そして永遠に愛する。それはお前たちから親としての報酬を受けるためにいうのではない。お前たちを愛する事を教えてくれたお前たちに私の要求するものは、ただ私の感謝を受・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ が、鍵は宇宙が奪いました、これは永遠に捜せますまい。発見せますまい、決して帰らない、戻りますまい。 小刀をお持ちの方は革鞄をお破り下さい。力ある方は口を取ってお裂き下さい。それはいかようとも御随意です。 鍵は投棄てました、決心・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・おんもといい、あっこといい、おっちゃんといったその悲しい声は永遠に父の耳を離れてしまった。 この日の薄暮ごろに奈々子の身には不測の禍があった。そうして父は奈々子がこの世を去る数時間以前奈々子に別れてしまった。しかも奈々子も父も家におって・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・この二つはいずれも緑雨自身の不得意とする作で、人の褒めるのが癪に触るといって喰って掛ったものであるが、緑雨が自ら得意とする『かくれんぼ』や『門三味線』よりは確に永遠の生命がある。聡明な眼識を持っていたがやはり江戸作者の系統を引いてシャレや小・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と云うも、然し是れとても亦来世の約束を離れたる道徳ではない、永遠の来世を背景として見るにあらざれば垂訓の高さと深さとを明確に看取することは出来ない。「心の貧しき者は福なり」、是れ奨励である又教訓である、「天国は即ち其人の有なれば也」、是・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・もうそんなものには決してなられません。永遠になられません。ほんにこの永遠という、たっぷり涙を含んだ二字を、あなた方どなたでも理解して尊敬して下されば好いと存じます。」「わたくしはあの陰気な中庭に入り込んで、生れてから初めて、拳銃というも・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・強権下には、永遠に、人生の平和はあり得ないごとく。たゞ、純情に謙遜に、自然の意思に従って、真を見んとするところに、最も人生的なる、一切の創造はなされるのであった。 私は、民謡、伝説の訴うる力の強きを感ずる。意識的に作られたるにあらずして・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
出典:青空文庫