・・・品行を責め罵るなぞはちょっと輸入的ノラらしくて面白いかも知れぬが、しかし見た処の外観からして如何にも真底からノラらしい深みと強みを見せようというには、やはり髪の毛を黄く眼を青くして、成ろう事なら言葉も英語か独逸語でやった方がなお一層よさそう・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・先生の髪も髯も英語で云うとオーバーンとか形容すべき、ごく薄い麻のような色をしている上に、普通の西洋人の通り非常に細くって柔かいから、少しの白髪が生えてもまるで目立たないのだろう。それにしても血色が元の通りである。十八年を日本で住み古した人と・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・たとえば英語の教師が英語に熱心なるのあまり学生を鞭撻して、地理数学の研修に利用すべき当然の時間を割いてまでも難句集を暗誦させるようなものである。ただにそれのみではない、わが専攻する課目のほか、わが担任する授業のほかには天下又一の力を用いるに・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・幼時に読んだ英語読本の中に「墓場」と題する一文があり、何の墓を見ても、よき夫、よき妻、よき子と書いてある、悪しき人々は何処に葬られているのであろうかという如きことがあったと記憶する。諸君も屍に鞭たないという寛大の心を以て、すべての私の過去を・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・英国の教師夫婦を雇い、夫は男子を集めて英語を授け、婦人は児女をあずかりて、英語の外にかねてまた縫針の芸を教えり。外国の婦人は一人なれども、府下の婦人にて字を知り女工に長ずる者七、八名ありて、その教授を助けり。 この席に出でて英語を学び女・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・即ちこれを要するに、覚束ない英語でバイロンを味うよりは、ジュコーフスキーの訳を読む方が労少くして得る所が多いのである。 其処で自分は考えた、翻訳はこうせねば成功せまい、自分のやり方では、形に拘泥するの結果、筆力が形に縛られるから、読みづ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・「おまえは英語はわかるかい、ね、センド、マイブーツ、インスタンテウリイすぐ長靴送れとこうだろう、するとカルクシャイヤのおやじめ、あわてくさっておれのでんしんのはりがねに長靴をぶらさげたよ。はっはっは、いや迷惑したよ。それから英国ばかりじ・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・ドイツからの労働者見学団の若い男女たちは、その収穫の壮大な仕事ぶりを見てきたばかりなので、片言のロシア語やあやしげな英語でさかんにその見事な様子について私に話してきかせる。私がロストフへきていたのもその「ギガント」を見るためなのである。・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・ * * * パアシイ族の少壮者は外国語を教えられているので、段々西洋の書物を読むようになった。英語が最も広く行われている。しかし仏語や独逸語も少しずつは通じるようになっている・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・子供の時以来漢字や漢文を教わって来ていても、右のような単純明白なことを誰も教えてくれなかった。英語の字引きをひいて mustmustなどとあるのをおもしろがっていた年ごろに、もし漢語を同じように写音文字にすれば、どころではなくから、否…と並・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫