・・・ と、肩に斜なその紫包を、胸でといた端もきれいに、片手で捧げた肱に靡いて、衣紋も褄も整然とした。「絵ですか、……誰の絵なんです。」「あら、御存じない?……あなた、鴾先生のじゃありませんか。」「ええ、鴾君が、いつね、その絵を。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・……いえね、いよいよとなれば、私は借着の寸法だけれど、花柳の手拭の切立てのを持っていますから、ずッぷり平右衛門で、一時凌ぎと思いましたが、いい塩梅にころがっていましたよ。大丈夫、ざあざあ洗って洗いぬいた上、もう私が三杯ばかりお毒見が済んでい・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ とひねこびれた声を出し、頤をしゃくって衣紋を造る。その身動きに、鼬の香を芬とさせて、ひょこひょこと行く足取が蜘蛛の巣を渡るようで、大天窓の頸窪に、附木ほどな腰板が、ちょこなんと見えたのを憶起す。 それが舞台へ懸る途端に、ふわふわと・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ と真白く細き手を動かし、かろうじて衣紋を少し寛げつつ、玉のごとき胸部を顕わし、「さ、殺されても痛かあない。ちっとも動きやしないから、だいじょうぶだよ。切ってもいい」 決然として言い放てる、辞色ともに動かすべからず。さすが高位の・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ と勢よく框に踏懸け呼びたるに、答はなく、衣の気勢して、白き手をつき、肩のあたり、衣紋のあたり、乳のあたり、衝立の蔭に、つと立ちて、烏羽玉の髪のひまに、微笑みむかえし摩耶が顔。筧の音して、叢に、虫鳴く一ツ聞えしが、われは思わず身の毛よだ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 乳も白々と、優しさと可懐しさが透通るように視えながら、衣の綾も衣紋の色も、黒髪も、宗吉の目の真暗になった時、肩に袖をば掛けられて、面を襟に伏せながら、忍び兼ねた胸を絞って、思わず、ほろほろと熱い涙。 お妾が次の室から、「切れま・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 紫玉は我知らず衣紋が締った。……称えかたは相応わぬにもせよ、拙な山水画の裡の隠者めいた老人までが、確か自分を知っている。 心着けば、正面神棚の下には、我が姿、昨夜も扮した、劇中女主人公の王妃なる、玉の鳳凰のごときが掲げてあった。・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ いと恐しき声にもおじず、お貞は一膝乗出して、看病疲れに繕わざる、乱れし衣紋を繕いながら、胸を張りて、面を差向け、「旦那、どうして返すんです。」「離縁しよう。いまここで、この場から離縁しよう。死にかかっている吾を見棄てて、芳之助・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ とばかり簡単に言捨てたるまま、身さえ眼をさえ動かさで、一心ただ思うことあるその一方を見詰めつつ、衣を換うるも、帯を緊むるも、衣紋を直すも、褄を揃うるも、皆他の手に打任せつ。 尋常ならぬ新婦の気色を危みたる介添の、何かは知らずおどお・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ 脱ぐはずの衣紋をかつしめて、「お米さんか。」「いいえ。」 と一呼吸間を置いて、湯どのの裡から聞こえたのは、もちろんわが心がわが耳に響いたのであろう。――お米でないのは言うまでもなかったのである。 洗面所の水の音がぴった・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
出典:青空文庫