・・・そうして「ホーマーのおかげで詩は横道に迷い込んでしまった。ホーマー以前のオルフィズムこそ正しい詩の道だ」と言ったそうである。 この所説の当否は別問題として、この人の言う意味での正しい詩の典型となるべきものが日本の和歌や俳句であろう。雄弁・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・その後教授が半ばはその研究の資料を得るために半ばはこの自分を追跡する暗影を振り落とすためにアフリカに渡ってヘルワンの観測所の屋上で深夜にただ一人黄道光の観測をしていた際など、思いもかけぬ砂漠の暗やみから自分を狙撃せんとするもののあることを感・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ 明治四十一年頃ロシヤのパンパンが耳新しく聞かれた時分、豆腐屋はまだ喇叭を吹かず黄銅製の振鐘を振鳴していたように、わたくしは記憶している。煙管羅宇竹のすげ替をする商人が、小さな車を曳き其上に据付けた釜の湯気でピイピイと汽笛を吹きならして・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・ 今日の世界的道義はキリスト教的なる博愛主義でもなく、又支那古代の所謂王道という如きものでもない。各国家民族が自己を越えて一つの世界的世界を形成すると云うことでなければならない、世界的世界の建築者となると云うことでなければならない。・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・亭主はきっと礦山ひるの青金の黄銅鉱や方解石に柘榴石のまじった粗鉱の堆を考えながら富沢は云った。女はまた入って来た。そして黙って押入れをあけて二枚のうすべりといの角枕をならべて置いてまた台所の方へ行った。 二人はすっかり眠る積りでもなしに・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
黄銅時代の為○オイケンの偉人と人生観より、p.9「精神の領分に於ては、個々の部分の総和其ものが決して全体を生じないと云う点に一致して居る」 此は、二人の人間の精神的産物は、二つの傾向の中間であると云う・・・ 宮本百合子 「結婚に関し、レークジョージ、雑」
黄銅時代の為に、○彼は丁度四月の末に幼葉をつけた古い柿のような心持のする人である。 くすんだ色の幹や、いかつい角で曲って居る枝。その黒い枝の先々に、丸味のある柔かい若葉が子供らしくかたまって着いて居る通りに、彼の・・・ 宮本百合子 「結婚問題に就て考慮する迄」
・・・それでいて、こまかくいろんな横道が万一の時の用心にきっちりかかれている。ロンドンのいりくんだ下街のゴチャゴチャを、外国人のレーニンがああいう風に精密に我ものにしたところに、そして、また地図を書いてやるその書きかたに彼の指導者としての器量をつ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・―― 余り、横道に入らず、又、家のことに戻ろう。 今居る片町十番地の家が見つかったのは、八月の下旬であった。 赤門前に頼み始めた頃から、此処に空家のあることは分って居たのだ。が、自分には余り場所が悪く思われた。恐ろしく貧弱に感じ・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・恐ろしいことではないか、自分の此から書こうとする黄銅時代は、更に甦り、強められた自責の念と、謙譲な虚心とによって書かれなければならないのだ。 四月二十八日 今日、福井の方から転送されて来た国男の手紙を見る。 仮令感傷的だと云・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
出典:青空文庫