・・・ 「だって、あまりおかしい、それも十八、九とか二十二、三とかなら、そういうこともあるかもしれんが、細君があって、子供が二人まであって、そして年は三十八にもなろうというんじゃないか。君の言うことは生理学万能で、どうも断定すぎるよ」 「・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・アクセントのおかしいイタリア人の声が次第に高くなる。そんな時は細君のことをアナタが/\と云う声が特別に耳立って聞える。嵐が絶頂になって、おしまいに細君の啜り泣きが聞え出すと急に黙ってしまう。そして赤ん坊を抱いて下駄ばきで庭へ出る。憤怒、悲哀・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・ そこでそう云うものを開化とすると、ここに一種妙なパラドックスとでも云いましょうか、ちょっと聞くとおかしいが、実は誰しも認めなければならない現象が起ります。元来なぜ人間が開化の流れに沿うて、以上二種の活力を発現しつつ今日に及んだかと云え・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ コーターマスターは、メーツに、「どうもおかしい」旨を告げた。 メーツは、ブリッジで、涼風に吹かれながら、ソーファーに眠っていたが、起き上って来て、「どうしたんだ」「左舷に燈台が見えますが」「又、一時間損をしたな」と、メ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・その小さな奴を膝の上にも置かないでやはり上向けて大熊手持ったようにさしあげて居たのもおかしい。その無邪気な間の抜けた顔は慥かに無慾という事を現して居るので、こいつには大に福を与えてやりたかった。自分が福の神であったら今宵この婆さんの内に往て・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・待合室で白い服を着た車掌みたいな人が蕎麦も売っているのはおかしい。 *船はいま黒い煙を青森の方へ長くひいて下北半島と津軽半島の間を通って海峡へ出るところだ。みんなは校歌をうたっている。けむりの影は波にうつって黒い鏡・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・第一の精霊 だが及ばぬ事じゃ、いかな物ずきでもしわくちゃなはげおやじに……ウフフフフフおかしい様な気もするワ、いい年をして子の様な精女の姿にうなされるとは――はかりきれない美くしさをもって居ると見える。第二の精霊 若さと美くしさ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・もっともおかしいのは自然主義は自由恋愛主義だという説である。自由恋愛は社会主義者が唱えているもので、芸術の自然主義というものには関係がない。自由恋愛が作品に現われたことがあるとしても、それは一時西洋で姦通小説だの、姦通脚本だのというものが問・・・ 森鴎外 「文芸の主義」
・・・「うちへ置いといてやってもええわして。」とお留は云った。「あかん。」「そんなこと云うてたら、仕方あらへんやないか。」「あかん、あかん。」「おかしい子やな。あんな死にかけてる者、何処へ行くところがあるぞ、可哀想に。」「・・・ 横光利一 「南北」
・・・ あなたに愚痴をこぼしたあとでこんな事をいうのは少しおかしいかも知れません。しかし私はあなたに愚痴をこぼしている内に自然こういう事を言いたい気持ちになって来たのです。六 私はどんなに自分に失望している時でも、やはり心の底・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫