・・・チンコロのようにオモチャにされたんで罪を犯す了簡があったんじゃない。島田の許へ連れてって詫まらせたが、オイオイ声を揚げて泣き出した。」 U氏がコンナ事でYを免すような口吻があるのが私には歯痒かった。Yは果してU氏の思うように腹の底から悔・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・無し 他日奇談世尽く驚く 怪まず千軍皆辟易するを 山精木魅威名を避く 犬村大角猶ほ遊人の話頭を記する有り 庚申山は閲す幾春秋 賢妻生きて灑ぐ熱心血 名父死して留む枯髑髏 早く猩奴名姓を冒すを知らば 応に犬子仇讐を拝する無かる・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・肉体を描いた小説が肉体的でない、――それほど日本の伝統的小説には新しいものをうみ出す地盤がなくて、しかも、権威だけは神様のように厳として犯すべからざるものだから、呆れざるを得ない。私が敢てサルトルを持ち出したのも、実はこのような日本文学の地・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「全世界の人悉くこの願を有ていないでも宜しい、僕独りこの願を追います、僕がこの願を追うたが為めにその為めに強盗罪を犯すに至ても僕は悔いない、殺人、放火、何でも関いません、もし鬼ありて僕に保証するに、爾の妻を与えよ我これを姦せん爾の子を与・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・しかるに翌四月八日に平ノ左衛門尉に対面した際、日蓮はみたび、他国の来り侵すべきことを警告した。左衛門尉は「何の頃か大蒙古は寄せ候ふべき」と問うた。日蓮は「天の御気色を拝見し奉るに、以ての外に此の国を睨みさせ給ふか。今年は一定寄せぬと覚ふ」と・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・神を冒す。いろいろの言葉があります。描写に対する疑惑は、やがて、その的確すぎる描写を為した作者の人柄に対する疑惑に移行いたします。そろそろ、この辺から私の小説になりかけて居りますから、読者も用心していて下さい。 私は、この「女の決闘」と・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・金銭の罪を犯す人の身のまわりには、きっとこんなたちの女が坐っているのだろうと思いました。 奇妙な事には、この女はあれほど私の詩の仲間を糞味噌に悪く言い、殊にも仲間で一番若い浅草のペラゴロの詩人、といってもまだ詩集の一つも出していないほん・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・生死に関すると云う程でもなく、ちょいとした危険があるのを冒すのが、なんとも云えないように面白い。ポルジイはまだ子供らしく、こんなかくれん坊の興味を感じる。ドリスも冒険という冒険が好きだから、同じように嬉しがる。芝居のない日には、朝から晩まで・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・墺匈国では高利貸しが厳禁せられている。犯すと重い刑に処せられる。そこで名義さえ附くと好い。ボスニア産のプリュウンであろうが、機関車であろうが、レンブラントの名画であろうが、それを大金で買って、気に入らないから、直ぐに廉価に売るには、何の差支・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ しかしまたこの事から、とんぼの止まっているときの体向は太陽の方位には無関係であるという結論を下したとしたら、それはまた第二の早合点という錯誤を犯すことになるであろう。この点を確かめるには、実験室内でできるだけ気流をならしておいて、その・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
出典:青空文庫