・・・阿弥陀仏と大文字に書いた紙の羽織を素肌に纏い、枝つきの竹を差し物に代え、右手に三尺五寸の太刀を抜き、左手に赤紙の扇を開き、『人の若衆を盗むよりしては首を取らりょと覚悟した』と、大声に歌をうたいながら、織田殿の身内に鬼と聞えた柴田の軍勢を斬り・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・…… うの花にはまだ早い、山田小田の紫雲英、残の菜の花、並木の随処に相触れては、狩野川が綟子を張って青く流れた。雲雀は石山に高く囀って、鼓草の綿がタイヤの煽に散った。四日町は、新しい感じがする。両側をきれいな細流が走って、背戸、籬の日向・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ この坊様は、人さえ見ると、向脛なり踵なり、肩なり背なり、燻ぼった鼻紙を当てて、その上から線香を押当てながら、「おだだ、おだだ、だだだぶだぶ、」と、歯の無い口でむぐむぐと唱えて、「それ、利くであしょ、ここで点えるは施行じゃいの。・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・そして、休み時間になったときに、彼は、いつも、はっきりと先生に、問われたことを答える、小田に向かって、「やまがらに、僕は、お湯をやったんだよ。」と、吉雄はいいました。「お湯をやったのかい。」と、小田は、目を円くして問いました。「・・・ 小川未明 「ある日の先生と子供」
・・・ 少年小使いの小田賢一は、いったのでした。子供たちは、すべて去ってしまって、学校の中は、空き家にも等しかったのです。教員室には、老先生が、ただ一人残って、机の上をかたづけていられました。「小田くん、すこし、漢文を見てあげよう。用がす・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・ ちょうど、そのとき、小田と高橋が、釣りざおとバケツを下げて達ちゃん兄弟を誘いにきました。日曜日に、川へ寒ぶなを釣りにゆく、約束がしてあったからです。「どうしよう? ペスをさがしにゆくのをよして、釣りにゆこうか。」と、正ちゃんは、兄・・・ 小川未明 「ペスをさがしに」
・・・先生は、こんど、小田をおさしになりました。彼は、組じゅうでの乱暴者でした。そればかりでなく、家が貧乏とみえて、いつも破れた服を着て、破れたくつをはいてきました。くつしたなどは、めったにはいたことがないのです。みんなの視線は、たちまち、小田の・・・ 小川未明 「笑わなかった少年」
・・・恐らく古代アラビヤ語であろう、アラビヤ語は辞典がないので困るんだ、しかし、織田君はなかなか学があるね、見直したよとその学生に語ったということである。読者や批評家や聴衆というものは甘いものである。 彼等は小説家というものが宗教家や教育家や・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・これは、織田氏にとっては単なる不幸として片附け得ると思う。東京の評家というのは量見がせまいことになるが、東京の感情と大阪の感情の対立が、あの作品を中心として、無意識に争われなかったとは云い切れぬと思う。東京と大阪の感情は、永遠に氷炭相容れざ・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・ 私がこれまで耳にした私に関する批評の中で、一番どきんとしたのは、伊吹武彦氏の、「ええか、織田君、君に一つだけ言うぞ、君は君を模倣するなってことだ」 という一言だった。 その時、私はこう答えた。「いや僕の文学、僕の今まで・・・ 織田作之助 「私の文学」
出典:青空文庫