・・・「まあ、眼の細い、頬のふくらんだ、鼻の余り高くない、おっとりした顔かと思いますが、――」「それもやはり都の好みじゃ。この島ではまず眼の大きい、頬のどこかほっそりした、鼻も人よりは心もち高い、きりりした顔が尊まれる。そのために今の女な・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・もの静な、ひとがらな、おっとりした、顔も下ぶくれで、一重瞼の、すっと涼しいのが、ぽっと湯に染まって、眉の優しい、容子のいい女で、色はただ雪をあざむく。「しかし、驚きましたよ、まったくの処驚きましたよ。」 と、懐中に突込んで来た、手巾・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ 一体、山代の温泉のこの近江屋は、大まかで、もの事おっとりして、いま式に余り商売にあせらない旅館だと聞いて、甚だ嬉しくて来たのであるが、これでは余り大まか過ぎる。 何か、茸に酔った坊さんが、山奥から里へ迷出たといった形で、手をたたき・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・老妻といっても、四十四、五の福々しい顔の上品におっとりしたひとであった。主人は、養子らしかった。その老妻である。かず枝は、甘栗を買い求めた。嘉七はすすめて、もすこし多く買わせた。 上野駅には、ふるさとのにおいがする。誰か、郷里のひとがい・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・大隅君は独り息子であるから、ずいぶん可愛がられて、十年ほど前にお母さんが死んで、それからは厳父は、何事も大隅君の気のままにさせていた様子で、謂わば、おっとりと育てられて来た人であって、大学時代にも、天鵞絨の襟の外套などを着て、その物腰も決し・・・ 太宰治 「佳日」
・・・でもあれは、失礼ですが、もっとおっとりしたお坊ちゃんのようでしたけれど。」「これは、ひどいなあ。」青扇は僕が持ちあぐんでいた紅茶の茶碗をそっと取りあげ、自分のと一緒にソファの下へかたづけた。「あの時代には、あれでよかったのです。でも今で・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・帯をほどいて、このけしの花模様の帯は、あたしのフレンドからの借りものゆえ、ここへこうかけて置こうと、よどみなく告白しながら、その帯をきちんと畳んで、背後の樹木に垂れかけ、私たちは、たいへんやわらかな、おっとりした気持ちで、おとなしく話し合い・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・父のクロオジヤスに似て、おっとりしていた。ネロの美貌を、盛夏の日まわりにたとえるならば、ブリタニカスは、秋のコスモスであった。ネロは、十一歳。ブリタニカスは、九歳。 奇妙な事件が起った。ネロが昼寝していたとき、誰とも知られぬやわらかき手・・・ 太宰治 「古典風」
・・・このように真面目に、おっとりと作ると実にいいのだが、器用ぶったりなんかして妙な工夫なんかすると、目もあてられぬ。さんたんたるものである。去来は、その悲惨に気がつかず、かえってしたり顔などをしているのだから、いよいよ手がつけられなくなる。ただ・・・ 太宰治 「天狗」
・・・を出すことがあっても、それは凡庸な、おっとりした歯がゆいほどに善良な傍観者として、物語の外に全然オミットされるような性格として叙述されて在る。ドイルだって、あの名探偵の名前を、シャロック・ホオムズではなく、もっと真実感を肉薄させるために、「・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫