・・・ すると陳が外でおろおろ声を出しました。「それ、もとも困る、がまんしてくれるよろしい。」「がまんも何もないよ、おれたちがすきでむれるんじゃないんだ。ひとりでにむれてしまうさ。早く蓋をあけろ。」「も二十分まつよろしい。」「・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・ 出口に近づいて行ったら、反対の坐席の横の方から、若い女が、おろおろになって「あの、この辺にショール落ちていないでしょうか」「こんなこみかたじゃ、落ちるせきがないですよ」「どうしましょう! 舶来のショールで母さんの大事にして・・・ 宮本百合子 「一刻」
・・・ 動物的な憎悪が両手の平までこみあげて来て自分はおろおろしているような、卑屈を確信と感違いしているような母親の顔から眼をはなすことが出来なくなった。 自分は、一言一言で母親を木偶につかっている権力の喉を締めるように、「私は、金な・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・中年の女の声で、余り甲高にとりみだしておろおろ物を云っているので、何ごとかとつい注意をひかれたら、その電話は子供の先生へ母親が何か紛失物の申しわけをしているのであった。くりかえし哀願するように、どうぞもうこの一週間だけ御容赦下さいませ。・・・ 宮本百合子 「新入生」
・・・女のひとなどは、おろおろして、私の手を執る。けれども、私はまるであべこべの心持がした。それだけの恐ろしい目に会わなかったことを実に仕合わせに有難くは思うが、万事が落付くまで、生れた東京の苦しみを余処にのんべんだらりとしてはいたくない。大丈夫・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫