・・・秋坪は旧幕府の時より成島柳北と親しかったので、その戯著小西湖佳話は柳北の編輯する花月新誌の第四十四号からその誌上に連載せられた。佳話の初にまず公園の勝概が述べてある。わたくしは例によって原文を次の如く訓み下す。「忍ヶ岡ハ其ノ東北ニ亘リ一・・・ 永井荷風 「上野」
・・・わたくしが個人雑誌『花月』の誌上に、『かかでもの記』を掲げて文壇の経歴を述べたのは今より十五、六年以前であるが、初は『自作自評』と題して旧作の一篇ごとに執筆の来由を陳べ、これによって半面はおのずから自叙伝ともなるようにしたいと考えた。しかし・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・これは柳北が『花月新誌』に言うところと全く符合している。明治十年五月の『花月新誌』載する所の「詰二上遊客一文」に曰く、「ソレ我ガ上ノ桜花ヲ以テ鳴ルヤ久シ。故ニ花候ニ当テハ輪蹄陸続トシテ文士雅流俗子婦女ノ別ナク麕集シ蟻列シ、繽紛狼藉人ヲシテ大・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・別段の事はないと思って好加減にして置いたら、一週間目から肺炎に変じて、とうとう一箇月立たない内に死んでしまった。その時医者の話さ。この頃のインフルエンザは性が悪い、じきに肺炎になるから用心をせんといかんと云ったが――実に夢のようさ。可哀そう・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・三箇月も四箇月も遊んでいる人があるのでこれは気の毒だと思うと、豈計らんやすでに一年も二年もボンヤリして下宿に入ってなすこともなく暮しているものがある。現に私の知っている者のうちで、一年以上も下宿に立て籠って、いまだに下宿料を一文も払わないで・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・らは厭だからおれは午後から出るとわがままを云うものもできようし、あるいは今日は少し早く切り上げて寄席へ行くとか、あるいは今日は朝出がけに酒を飲むんだとか各々勝手な事を、ばらばらに行動されてはせっかく一箇月でできる事業も一年かかるか二年かかる・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・』 若子さんが眼で教えて下さったので、其方を見ましたら、容色の美しい、花月巻に羽衣肩掛の方が可怖い眼をして何処を見るともなく睨んで居らしッたの。それは可怖い目、見る物を何でも呪って居らッしゃるんじゃないかと思う位でした。 私も覚えず・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・条約改正、内地雑居も僅に数箇月の内に在り、尚お此まゝにして国の体面を維持せんとするか、其厚顔唯驚く可きのみ。抑も東洋西洋等しく人間世界なるに、男女の関係その趣を異にすること斯の如くにして、其極日本に於ては青天白日一妻数妾、妻妾同居漸く慣れて・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・月女倶して内裏拝まん朧月薬盗む女やはある朧月河内路や東風吹き送る巫が袖片町にさらさ染るや春の風春水や四条五条の橋の下梅散るや螺鈿こぼるゝ卓の上玉人の座右に開く椿かな梨の花月に書読む女あり閉帳の錦垂れたり春・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・四辺の静寂が四箇月ぶりで、彼に温泉のように甘美なものに感じられた。 うっとりとした彼の目には、拭きこんだ硝子越しに、葉をふるい落した冬の欅の優美な細枝が、くっきり青空に浮いているのが見えた。ほんの僅かな白雲が微に流れて端の枝を掠め、次の・・・ 宮本百合子 「或る日」
出典:青空文庫