・・・ 現にタイフーンのごときまた、舟火事のごときは単にタイフーンを写し、単に舟火事を写したものとして立派な雄篇である。首尾一貫前後相待って渾然と出来上がっている。なぜかと云うと、篇中に出て来る人間の心状、及び動作がことごとくタイフーンと舟火・・・ 夏目漱石 「コンラッドの描きたる自然について」
・・・「それから鍛冶屋の前で、馬の沓を替えるところを見て来たが実に巧みなものだね」「どうも寺だけにしては、ちと、時間が長過ぎると思った。馬の沓がそんなに珍しいかい」「珍らしくなくっても、見たのさ。君、あれに使う道具が幾通りあると思う」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・あのインダラ鍛冶屋は。見ろよ、三尺鑿よりゃ六尺鑿の方が、先細と来てやがら」 小林は、鑿の事だと思って、そんな返答をした。「チョッ!」 秋山は舌打ちをした。 ――奴あ、ハムマーを耳ん中に押し込んでやがるんだ、きっと、――そう思・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ 婦人が内を治めて家事に心を用い、織縫績緝怠る可らずとは至極の教訓にして、如何にも婦人に至当の務なり。西洋の婦人には動もすれば衣服裁縫の法を知らざる者多し。此点に於ては我輩は日本婦人の習慣をこそ貴ぶ者なれば、世は何ほど開明に進む・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・例えば隣家は頻りに繁昌して財産も豊なるに、我家は貧乏の上に不仕合のみ打続く、羨ましきことなり憎らしきことなり、隣翁が何々の方角に土蔵を建てゝ鬼瓦を上げたるは我家を睨み倒さんとするの意なり、彼の土蔵が火事に焼けたらば面白からん、否な人の見ぬ間・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ このほかにも俗字の苦情をいえば、逸見もいつみと読み、鍛冶町も鍛冶町と改めてたんやちょうと読むか。あるいはまた、同じ文字を別に読むことあり。こは、その土地の風ならん。東京に三田あり、摂州に三田あり。兵庫の隣に神戸あれば、伊勢の旧城下に神・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・是れは財産の問題にして、金さえあれば家事を他人に託して独り学を勉む可しと言うも、女子の身体、男子に異なるものありて、月に心身の自由を妨げらるゝのみならず、妊娠出産に引続き小児の哺乳養育は女子の専任にして、為めに時を失うこと多ければ、学問上に・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・世間の噂に、某家の主人は内行に頓着せずして家事を軽んじ、あるいは妻妾一処に居て甚だ不都合なれども、内君は貞実にして主公は公平、妾もまた至極柔順なる者にして、かつて家に風波を生じたることなしなどいう者あれども、これはただ外見外聞の噂のみ。即ち・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・わたくしは帽子を取って被って、女中にお断りを申上げるように言い附けて置いて、あの家に火事でも起ったように跡をも見ずに逃げました。 わたくしはきのうからイソダンに帰っています。主人は今晩帰るはずになっています。わたくしはもう夫に怨を申すこ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ その次の日だ、「済まないが、税金が五倍になった、今日は少うし鍛冶場へ行って、炭火を吹いてくれないか」「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、息で、石もなげとばせるよ」 オツベルはまたどきっとしたが、気を落ち付けて・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
出典:青空文庫