・・・「食えばどうかするのかい」「何でも厄病除のまじないだそうだ。そうして婆さんの理由が面白い。日本中どこの宿屋へ泊っても朝、梅干を出さない所はない。まじないが利かなければ、こんなに一般の習慣となる訳がないと云って得意に梅干を食わせるんだ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ゴーゴンを見る者は石に化すとは当時の諺であるが、この盾を熟視する者は何人もその諺のあながちならぬを覚るであろう。 盾には創がある。右の肩から左へ斜に切りつけた刀の痕が見える。玉を並べた様な鋲の一つを半ば潰して、ゴーゴン・メジューサに似た・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・つまりその本当の装幀は、一切読者自身の自由意志に任かすのである。それによつて読者は、正に彼自身の理解した「彼自身の著者」を、いつも「彼自身の趣味」によつて自由に完全に装幀することができるであらう。かくてこそ書物の著者は、正に読者の生活に「活・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・居所高ければもって和すべく、居所卑ければ和すべからざるの異あるのみ。 末段にいたり、なお一章を附してこの編を終えん。すべて事物の緩急軽重とは相対したる意味にて、これよりも緩なり彼よりも急なりというまでのことなれば、時の事情によりて、緩と・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・政治の気風が学問に伝染してなお広く他の部分に波及するときは、人間万事、政党をもって敵味方を作り、商売工業も政党中に籠絡せられて、はなはだしきは医学士が病者を診察するにも、寺僧または会席の主人が人に座を貸すにも、政派の敵味方を問うの奇観を呈す・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・学校の規則もとより門閥貴賤を問わずと、表向の名に唱るのみならず事実にこの趣意を貫き、設立のその日より釐毫も仮すところなくして、あたかも封建門閥の残夢中に純然たる四民同権の一新世界を開きたるがごとし。 けだし慶応義塾の社員は中津の旧藩士族・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・また上士の輩は昔日の門閥を本位に定めて今日の同権を事変と視做し、自からまた下士に向て貸すところあるごとく思うものなれば、双方共に苟も封建の残夢を却掃して精神を高尚の地位に保つこと能わざる者より以下は、到底この貸借の念を絶つこと能わず。現に今・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・我輩は満天下の人を相手にしても一片の禿筆以て之を追求して仮す所なかる可し。左れば此旧女大学の評論、新女大学の新論は、字々皆日本婦人の為めにするものにして、之を百千年来の蟄状鬱憂に救い、彼等をして自尊自重以て社会の平等線に立たしめんとするの微・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・幼少の時より手につけたる者なれば、血統に非ざるも自然に養父母の気象を承るは、あまねく人の知る所にして、家風の人心を変化すること有力なるものというべし。 また、戦国の世にはすべて武人多くして、出家の僧侶にいたるまでも干戈を事としたるは、叡・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・遂に西洋人に仮すに我を軽侮するの資を以てして、彼らをして我に対して同等の観をなさしめざるに至りしは、千歳の遺憾、無窮に忘るべからざる所のものなり。 然り而して日本国中その責に任ずる者は誰ぞや、内行を慎まざる軽薄男子あるのみ。この一点より・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫