・・・と、それから今の女の教育が何の役にも立たない事、今の女の学問が紅白粉のお化粧同様である事、真の人間を作るには学問教育よりは人生の実際の塩辛い経験が大切である事、茶屋女とか芸者とかいうような下層に沈淪した女が案外な道徳的感情に富んでいて、率と・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・殊に大臣大将が役者のように白粉を塗り鬘を着けて踊った前代未聞の仮装会は当時を驚かしたばかりじゃない。今聴いてさえも余り突拍子もなくて、初めて聞くものには作り咄としか思われないだろう。 何しろ当夜の賓客は日本の運命を双肩に荷う国家の重臣や・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 朝落合の火葬場から持ってきたばかしの遺骨の前で、姉夫婦、弟夫婦、私と倅――これだけの人数で、さびしい最後の通夜をした。東京には親戚といって一軒もなし、また私の知人といっても、特に父の病死を通知して悔みを受けていいというほどの関係の人は・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ 彼女がこと切れた時よりも、火葬場での時よりも、変わった土地へ来てするこんな経験の方に「失った」という思いは強く刻まれた。「たくさんの虫が、一匹の死にかけている虫の周囲に集まって、悲しんだり泣いたりしている」と友人に書いたような、彼・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・独り相撲だと思いながらも自分は仮想した小僧さんの視線に縛られたようになった。自分はそんなときよく顔の赧くなる自分の癖を思い出した。もう少し赧くなっているんじゃないか。思う尻から自分は顔が熱くなって来たのを感じた。 係りは自分の名前をなか・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・背後の村には燃えさしの家が、ぷすぷす燻り、人を焼く、あの火葬場のような悪臭が、部隊を追っかけるようにどこまでも流れ拡がってついてきた。けれども、それも、大隊長の内心の幸福を妨げなかった。「ユフカは、たしかに司令官閣下の命令通り、パルチザ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・兵士達には、林の中の火葬の記憶が一番堪えがたかった。 急ごしらえの坊主の誦経が、いかに声高く樹々の間にひびき渡ろうとも、それによって自ら望まない死者が安らかに成仏しようとは信じられるか! そのあとに、もろい白骨以外何が残るか!「まだ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・君は、ありもしない圧迫を仮想して、やたらに七転八倒しているだけです。滑稽な姿であります。書きたいけれども書けなくなったというのは嘘で、君には今、書きたいものがなんにも無いのでしょう。書きたいものが無くなったら、理窟も何もない、それっきりです・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・裏庭である。火葬場の煙突のような大きい煙突が立っていた。曇天である。省線のガードが見える。 給仕人に背を向けて窓のそとを眺めたまま、「コーヒーと、それから、――」言いかけて、しばらくだまっていた。くるっと給仕人のほうへ向き直り、「ま・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・次におもしろいと思ったのは、舞台面の仮想的の床がずっと高くなり、天井がずっと低くなって天地が圧縮され、従って縮小された道具とその前に動く人形との尺度の比例がちょうど適当な比例になっているために、人形のほうが現実性を帯びるとともに人形使いのほ・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
出典:青空文庫