・・・彼は、日本人のために理由なしに家宅捜索をせられたことがあった。また、金は払うと云いつつ、当然のように、仔をはらんでいる豚を徴発して行かれたことがあった。畑は荒された。いつ自分達の傍で戦争をして、流れだまがとんで来るかしれなかった。彼は用事も・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 兵士達は、始終過激派を追っかけ、家宅捜索をしたり、武器を押収したり、夜半に叩き起され、やにわに武装を整えて応援に出かけたりしなければならなかった。鉄道沿線へは多くに分れて小部隊が警戒に出かけた。栗本の中隊は、汽車に乗ってイイシの警戒に・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・が、紀記ともに其処は仮託が多いと思われる。かみなびの神より板にする杉のおもひも過ず恋のしげきに、という万葉巻九の歌によっても知られるが、後にも「琴の板」というものが杉で造られてあって、神教をこれによりて受けるべくしたものである。これらは魔法・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・の山崎のお母さんでさえ、引張られて行く自分の息子よりも、こんな日の朝まだ夜も明けないうちに、職務とは云え、やって来て、家宅捜索をするのに、すぐ指先がかじかんで、一寸やっては顎の下に入れて暖めているのを見るに見兼ねて、「え糞ッ!」という気にな・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・当時は私だけでなく、所謂純文芸の人たち全部、火宅の形相を呈していたらしい。しかし、他の人たちにはたいてい書画骨董などという財産もあり、それを売り払ってどうにかやっていたらしいが、私にはそんな財産らしいものは何も無かった。これで私が出征でもし・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・前者は賞をもらったが、後者は家宅侵入罪その他で告発されるという話である。これはたいへんな相違である。ただ二人の似ているのは人まねでないということと、根気のいいという点だけである。 それでもし煙突男の所業のまねをしたら、そのまねという事自・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・この指令もおそらくどこかの家宅捜索をすれば、「そこにもあった」ものとして発表されるでしょう。昔からこの手は使われていることです。 ファシストの地下組織が千葉で発覚しています。千葉のファシスト地下組織は、もと上海特務機関中尉である大島軍司・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 一八九八年、ゴーリキイは憲兵に家宅捜査をされた後検束されチフリスへ送られた。検挙は九年前にうけたのと二度目である。革命運動をしたというのであったが、証拠がなくて許された。 一九〇一年、ゴーリキイは初めてペテルブルグに現れた。今は誰・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・景憲が弾正に仮託してこの書を書いたことには何かそういう根拠があるであろう。武田氏は景憲十一歳の時に亡んだのであるが、景憲の父の世代に属する武田の遺臣のうちには家康の旗下についたものが多く、景憲はそれらの人たちからいろいろなことを聞いたであろ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫