・・・ で、水夫たちは、珍らしくもなく、彼を水夫室に担ぎ込んだ。 そして造作もなく、彼の、南京虫だらけの巣へ投り込んだ。 一々そんなことに構っちゃいられないんだ。それに、病人は、水の中から摘み出されたゴム鞠のように、口と尻とから、夥し・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・今の文学者なざ殊に、西洋の影響を受けていきなり文学は有難いものとして担ぎ廻って居る。これじゃ未だ未だ途中だ。何にしても、文学を尊ぶ気風を一旦壊して見るんだね。すると其敗滅の上に築かれて来る文学に対する態度は「文学も悪くはないな!」ぐらいな処・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・ままよと濡れながら行けばさきへ行く一人の大男身にぼろを纏い肩にはケットの捲き円めたるを担ぎしが手拭もて顔をつつみたり。うれしやかかる雨具もあるものをとわれも見まねに頬冠りをなんしける。秋雨蕭々として虫の音草の底に聞こえ両側の並松一つに暮れて・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・愈々担ぎ上げられて、数歩進んだ。突然子供がしゃくり上げて泣くような高い歔欷の声が四辺の静寂を破った。「石川! イシカワ!」 いい加減心を乱されていた石川はあたふた病人の頭の方に駈けよった。「助けとくれ、ドーカ助けとくれ! 石川」・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・体好く申せばわたくしをお担ぎなすったのですね。あなたの御亭主と云うのは年が五十、そうですね、五十五六くらいで、頭がすっかり禿げていて、失礼ですが、無類の不男だったろうじゃありませんか。おまけに背中は曲がって、毛だらけで、目も鼻もあるかないか・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・もし私が担ぎ込まれた病院で医者に絶望されながら床の上に横たわるとしたら、そうして夜明けまで持つかどうか危ないとしたら、私はどうするだろう。逢いたい人々にも恐らく逢えまい。整理しておきたい事も今さらいかんともしようがない。自分の生涯や仕事につ・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫