・・・雑誌『三田文学』を発売する書肆は築地の本願寺に近い処にある。華美な浴衣を着た女たちが大勢、殊に夜の十二時近くなってから、草花を買いに出るお地蔵さまの縁日は三十間堀の河岸通にある。 逢うごとにいつもその悠然たる貴族的態度の美と洗錬された江・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・に往来してその風俗に慣れ、その物品を携えて帰り、中津へ移住する江戸の定府藩士は妻子と共に大都会の軽便流を田舎藩地の中心に排列するの勢なれば、すでに惰弱なる田舎の士族は、あたかもこれに眩惑して、ますます華美軽薄の風に移り、およそ中津にて酒宴遊・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・この一点より考うれば、外国人の見る目如何などとて、その来訪のときに家内の体裁を取り繕い、あるいは外にして都鄙の外観を飾り、または交際の法に華美を装うが如き、誠に無益の沙汰にして、軽侮を来す所以の大本をば擱き、徒に末に走りて労するものというべ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・大名生活を競って手のこんだ粉飾と礼儀と華美をかさねたその場面が、婦女の売買される市場であったということは、封建的社会での女のありかたをしみじみと思わせる。君とねようか千石とろか、ままよ千石、君とねよと、権利ずくな大名の恋をはねつけ、町人世界・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 勝ったおかげで一等国になれる、とよろこんだ日本の民草は、旗行列をし提灯行列をして、秀吉の好んだ桃山模様や、華美な元禄模様を流行させた。改良服は、その時代の気風のなかのいくらか合理的であろうとする面、あるいは世界の中へ前進しようとする方・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・いずれも緑、黄、朱、赤、と原色に近い強烈な色調で、桃山時代模様と称される華美、闊達な大模様が染められている。この着物をきて、さらにどんな帯をしめるのであろうかと思わずにいられない華やかさ強烈さである。ひところ、一反百円という女物の衣類は、ご・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・なかに、パリの社交界で華美ないかがわしい生活を送っている女の娘が、樹の下の草にねころびながら、男の友達に本を読んで貰っている。美しい娘は草の上にはらばいになって手に草の葉をもち、そこにつたわって来ている一匹の蟻を眺めてそれと遊びながら、蟻の・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・ こちらの婦人の華美と、果を知らぬ奢沢は、美そのものに憧れるのではなくて、一顆の尊い宝石に代る金を暗示するから厭でございます。 けれども、斯様に、種々の差別を以て生活して居る幾千万かの婦人を透して、持って居る何物かもございます。・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・その病的に、薄暗く、しかしつよい照明に照し出された狭い置舞台の上を、華美な着付でうごくことでフレスタコフと市長夫人、娘の恋愛的情景に非常に圧縮された濃い深い雰囲気を出した点、メイエルホリド一流の好みで、ロイド眼鏡をかけたフレスタコフが、ゆき・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・田舎らしい単純と、避暑地のもつ軽快な華美とが見えない宙で溶け合って、一種の氛囲気を作っている此処では、人間の楽しい魂が、何時も花の咲く野山や、ホテルの白い水楼で古風なワルツを踊っているような気がする。 濃碧の湖には笑を乗せて軽舸が浮く。・・・ 宮本百合子 「追慕」
出典:青空文庫