・・・言葉を換えていえば、田舎の人にも都会の人にも感興を起こさしむるような物語、小さな物語、しかも哀れの深い物語、あるいは抱腹するような物語が二つ三つそこらの軒先に隠れていそうに思われるからであろう。さらにその特点をいえば、大都会の生活の名残と田・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・もとより私といえども今日学生の社会的環境の何たるかを知らぬものではなく、その将来の見通しより来る憂鬱を解せぬものでもない。しかもそれにもかかわらず私は勧める。夢多く持て、若き日の感激を失うな。ものごとを物的に考えすぎるな。それは今の諸君の環・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・日蓮はこの栗毛の馬に愛と感興とを持った。彼の最後の消息がこの可憐な、忠実な動物へのいつくしみの表示をもって終わっているのも余韻嫋々としている。彼の生涯はあくまで詩であった。「みちのほど、べち事候はで池上までつきて候。みちの間、山と申し、・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・人生に対し、真理に対し、恋愛に対し、私のうけたいのちと、おかれた環境とにおいては、充分に全力をあげて生きた気がする。 二十三歳で一高を退き、病いを養いつつ、海から、山へ、郷里へと転地したり入院したりしつつ、私は殉情と思索との月日を送った・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・困難な現実の中でどこまで精神の高貴と恋愛の純情とをつらぬきうるかというところに、人間としての戦い、生命の宝を大事にするための課題があるのである。環境にエキスキュースを求めるのはややもすれば、精神的虚弱者のことであるのを忘れてはならぬ。恋愛は・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ それは麦を主食としている農民たちで、その地方には田がなく、金儲けの仕事もすくなく土地の条件にめぐまれない環境にある人々だ。外米は、内地米あるいは混合米よりもいくらか値段が安いのでそこを見こんで買うのである。これを米屋の番頭から聞きこん・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ ○ 文学のことは年齢によってのみはかることは出来ないが、しかし、文学がその作家の置かれた環境と切り離して考えられない関係がある限り、環境は時間によって変化するので年齢はその作家の人間にも、またその作家の作り出す文学にも変・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・という根本的な方針が、既に、一年前に確立され、質的飛躍の第一歩がふみだされているとき、工場労働者とはちがった特殊な生活条件、地理環境、習慣、保守性等を持った農民、そして、それらのいろいろな条件に支配される農民の欲求や感情や、感覚などを、プロ・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・君の小説は、面白そうです。四十年の荒野の意識は、流石に、たっぷりしています。君の感興を主として、濶達に書きすすめて下さい。君ほどの作家の小説には、成功も失敗も無いものです。 あの温泉宿の女中さん達は、自分の拝見したところに依ると、君をた・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・然し、ここには近代青年の『失われたる青春に関する一片の抒情、吾々の実在環境の亡霊に関する、自己証明』があります。然し、ぼくは薄暗く、荒れ果てた広い草原です。ここかしこ日は照ってはいましょう。緑色に生々と、が、なかには菁々たる雑草が、乱雑に生・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫